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VivaVivaV6



VivaVivaV6

VivaVivaV6(ビバ ビバ ブイロク、通称・VVV6) は、2001年4月にスタートした、V6が司会を務めるフジテレビ系のバラエティ番組・グルメ番組である。

現在は、新聞発表上は『VVV6』、ナレーションでは『ブイブイブイロク』、番組内容では東京Vシュラン2として放送し、VivaVivaV6と番組内で案内されることはない。またフジテレビの公式サイトでは、VivaVivaV6という表記と『VERSUS VERSUS V6』という表記が併存している。

2008年1月17日からはハイビジョン制作となる。

来歴

初期
2001年4月~9月。「ザ・マグロショー」「初めての生V6」「長野の五輪」「号泣歌謡ショー」「目分量アワー」「マギスキーのマジック」などのコーナーがあった。

第2期
『ジャンクバトル』2001年10月~2002年9月。V6のメンバーが毎回2対2でコンビを組み、毎回テーマに沿った料理を作り一般の人に販売しどちらが勝つか競う戦いだった。2対2で競うため、毎回戦わない2人の出演はなかった。この1年間で、2度チームの編成が行われた。また現在のナレーターの木村匡也はジャンクバトルから番組を担当している。この作戦がよかったのか裏番組の『ぷらちなロンドンブーツ』を低迷に追い込み、枠移動させた。

第3期
『V6事業部』2002年10月~12月5日。高橋英樹を事業部長に置き、第1弾はサーカスをテストで落ちた井ノ原快彦を除く全メンバーで行った。第2弾はそのサーカスのテストに落ちた井ノ原快彦が森田剛とともに2人3脚マラソンで、村の代表選手4名と元マラソン選手1名の計5名ずつ、井ノ原と森田の2人がそれぞれチームを作り競った。

第4期
『東京Vシュラン計画』2002年12月12日~2004年9月23日。そして第4期が現在も放送中の『東京Vシュラン計画』である、実はこの企画は第3期の『V6事業部』の第3弾として立ち上げたものである。この企画から現在のグルメ番組に方向転換した。毎回1人(もしくは1組)のゲストを招いて、リーダーである坂本昌行を除く全メンバーがテーマに沿った料理の店を事前に聞いたアンケートのベスト3~5の全ての店へ行って最終的に1番美味しかった店の主人へ電話し報告するという企画である(もともと坂本は試食を許されていなかったが、後にスプーンを使って1杯だけ食べることを許された)。しかし『オムライス頂上決戦』でゲストに笑福亭鶴瓶が来た時の1度だけ「理想と違う」という理由で選定しなかった。もっともこの時期は裏番組の『銭形金太郎」がどんどん人気を上げてきたので、再びリニューアルをした(これと同時に『銭金』はゴールデンに昇格した)。

第5期
『東京Vシュラン2 ランキング予想バトル』2004年10月7日~現在。第5期は井ノ原快彦が新司会となり2人がペアで行うランキング予想バトルである。負けたチームには地獄の罰ゲーム(と言っても大抵は店の中の掃除と食器洗いなどが殆ど)がある。このコーナーが始まってから岡田准一は2度しか勝っていないこと(初対決から15連敗、さらにその後22連敗)から「死神岡田」の異名を取ることとなる。

『銭形金太郎』対策として行われたリニューアルと思われるが、前述の通り『銭金』はゴールデンに昇格したため、ターゲットを『クイズプレゼンバラエティーQさま!!』に切り替えた。当初は『Qさま!!』を圧倒していたが、2005年頃から『Qさま!!』の人気が上昇してきたことから、現在の視聴率は互角であったが、『Qさま!!』もゴールデンへ昇格して今度は、『アメトーーク』に切り替えた。

やらせ報道について
2006年10月8日付の東京スポーツは、VivaVivaV6でやらせが行われたと1面で報じた。その内容は、前述の罰ゲームで神奈川県鎌倉市腰越海岸のゴミの清掃を行うことが決定したが、ボランティアが既に清掃を終えていてゴミがなかったため、番組スタッフがゴミをばらまいた、というものであった。そしてフジテレビはこの事実を認め、このシーンの放送自粛を決定した。

その後、他のマスコミ各社もこの問題について報道した。それらによると、フジテレビは謝罪をした上で「いったん拾ったゴミを収録ポイントに置き直した」「やらせではなく演出が過剰になったということです」と主張している。


初期の主なコーナー 

ザ・マグロショー
初期のメイン企画。最初は単にマグロを解体し、握り寿司を客席の人に振舞っていた。
坂本は「マサ」(後にこの名称は使われなくなる)、井ノ原は「板長」、長野は「流れ板」と呼ばれていた。井ノ原はおでこに文字を書いて出演するのがお約束。
中期ではマグロを使った料理コーナーとなり、3チームに分かれてテーマにあったマグロ料理を作る。平野寿将が試食をし、最大5マグロ(超えることもある)で評価する。
坂本または井ノ原が司会をした。残りの5人は3チームに分かれるが、ほとんど森田が1人だけのチーム(一匹狼)であった。一匹狼はカミセン全員が経験している。
森田は初期、かなり暴走して0マグロであることが多かった。岡田は一時、アイスクリームを使って暴走し、-5マグロを記録した。
一度森田が寿将に勝負を挑んだ。結果は引き分けだった。(このときの判定は岸朝子。岸はマグロショー最終回、おいしいものガッツリ食べちゃおうツアーにも出演)
最終回はメンバー全員が参加し、誰が一番おいしいものを作れるかをトーナメント方式で競うものだった。坂本と森田はシード。(森田がシードになった理由は「こいつの料理あんまり見たくない」と寿将が言ったため)坂本が優勝した。

初めての生V6
1.番組内でV6ファンの女性が募集される。(その際、一番好きなメンバーを指名。)
2.女性には心拍測定器がつけられており、V6と会う前の状態が平常心拍数に決められる。
3.まず、指名されたメンバーが1人で制限時間内で女性と対面し、その間に女性の心拍がどれぐらい上がるかが測られる。
4.その後、女性の心拍数が落ち着いてから、残りのメンバーが5人で同じ制限時間内に女性と対面し、その間に女性の心拍がどれくらい上がるかが測られる。(その際、指名されたメンバーは用意されたボックスに閉じ込められる。)
5.3と4の結果、上がった心拍数の高いほうが勝ち。指名されたメンバーが勝てば、そのメンバーと女性がもう一度対面できるが、残りのメンバーが勝つと、指名されたメンバーはボックスの中にピンポン玉(大豆、カシューナッツだったこともある)を満杯に流され、女性と対面することができなくなる。

マギスキーのマジック
過去2回行われた。司会は井ノ原。マギスキー(マギー司郎)の行うマジックを見て、そのトリックを見破ると言うもの。
見破った人からぬけていき、最後に残った人が罰ゲームとして客席からのブーイングを受ける。2回とも森田が最後まで残った。

目分量アワー
メンバーを出身地の東西のチームに分ける。東軍キャプテンは森田、西軍キャプテンは岡田。
ロープや鎖をキャプテンに触れないようにできるだけ長く切断する。鎖の先にはニューハーフやトカゲがついている。

長野の五輪
長野がいろいろな道具を使ってオリンピック記録を目指す。
企画ができる場所などを募集するとき、重い(30kg~50kg)フリップを使う。

下り坂を使って100m走、200m走。
流れるプールで水泳(当初は川だったが、流れが速すぎて断念。ウォータースライダーを使って成功)
水の浮力を利用して重量挙げ
ハンマー投げ(鎖がオリンピック記録よりも長い。坂本が自転車で玉の部分をもって回り、下に落として成功)
ハンググライダーを使って3段とび
走り幅跳びに挑むとき、砂場に井ノ原のギターが置かれた。長野はそれを踏んでしまった。

キセキのはじまり
坂本が「巨人の星」の壁抜け(星飛雄馬壁の穴にボールを投げると壁の穴を通って外にある木に当たり、それが跳ね返って再び穴を通ってもどってくる)を実写で行う。
収録翌月解体予定の家を借り、大家の許可を得て壁に穴をあけ、さらに大家に内緒で家の土壁を壊した(ナレーション談)。木はボードを使用。ボードの角度を付けることによって穴に入りやすくした。最終的にはほとんど木が壁にくっついていたが、成功した。
部屋にはおニャン子クラブのカレンダーが張ってあった。エンディングで「ありがとう、おニャン子クラブ」と言うテロップが出た。

空手大バカ一代
井ノ原が空手の修行を行う。(パロディーであるが)長野の「長野の五輪」、坂本の「キセキのはじまり」に対抗した企画。
最初、企画を決める段階から放送された。俳優を勧められたときは「俺は俳優なんだよ!」と言ったりした。
最初は板割りと瓦割りをしたが、板割りでは板を持つ人と井ノ原が板を割るタイミングが合わず、2枚の板をつなげただけなのがばれてしまったり、瓦割りではハンマーで瓦を割るシーン(ハンマーが映ったことに気づき、リプレイではモザイク処理されていた。)が合成されたりした。
山での修行のはずが刑事ドラマ(「今夜が山ですね」の山で、「山違いだった」とテロップが出た)だったり、富士急ハイランドのFUJIYAMAに乗ったりした。
最後は牛に戦いを挑むはずが、子牛の登場でできなくなり、牛への手紙(おしゃれカンケイの16小説のラブソングのパロディーで、16小説のイノソングと言っていた)を朗読した。

おいしいものがっつり食べちゃおうツアー
メンバー全員で平野寿将の店に行き、「寿将の料理は本当にうまいのか?」を判定する。
メンバーはそれぞれ希望の食材を持参し、寿将がマグロとあわせて料理を作る。
料理のタイトルは「妖怪たちの宴」。キムチを使ったデザートに苦戦し、7マグロを獲得。(判定は岸朝子)

ジャンクバトル

ルール
それぞれのチームがテーマにあったオリジナルの料理を考え、客に売る。
放送は「料理の開発」と「販売」の2週にわたって1つの対決となっている。
売るときはV6のメンバーであるとばれないように変装する。変装した姿が名物となっているチームもあった。
売上金はJ-FRIENDSのチャリティーとして寄付される。またJ-FREINDSのカウントダウンライブのときにはTOKIOやKinKi Kidsのメンバーを加えて編成したチームで、「年越しラーメン対決」も行った。
改編期には登場した料理を視聴者のランキングにより発表、上位6品をゲストが試食し、一番味のよかったものを決める「ジャンクアワード」が行われる。ちなみに最下位(視聴者のイメージが最も悪いもの)は7位までを発表した後、試食の前に発表。ゲストは第1回は秋野暢子、第2回は久本雅美。またジャンクアワード第1回の前に途中で登場した料理が本当にうまいのかを千秋と菊川怜が判定した。
終盤には最終兵器として巨大化したものを投入することが多かった。

登場した料理

第1期
井ノ坂組(井ノ原、坂本)
お米たこ焼き
うな玉ラーメン
TEAM長岡(長野、岡田)
俺の夢、8cmたこ焼き
ファイヤーコロッケ
モリケンズ(森田、三宅)
牛丼ラーメン

第2期
田田丸(森田、岡田)
とん汁オーレ、とん汁モカ、とん汁マキアート(第1回ジャンクアワード受賞)
うみにげ
タイ焼きそば
スケル丼
石焼ちらし(韓国で屋台を出すが、国内の事前の試食で上位2チームが出店可能なルールであり、このチームは出店できなかったので販売はされなかった。ジャンクアワードにもランクインしていない)
ザ・ミヤモト(三宅、坂本)
黒カレー、白カレー
紅寿司
チョコ豆腐
ライスピザ
うなカツ丼
長原軒(井ノ原、長野)
フルーツミックス甘酒
らーむす。(第2回ジャンクアワード受賞)
おしるこカレー

第3期
森長飯店(森田、長野)
熱氷
ぶり根バーガー
三井厨房(三宅、井ノ原)
助六アイス
カリー氷
岡坂亭(岡田、坂本)
今バーガー焼
すき焼きドッグ

『東京Vシュラン計画』ゲスト

男性


哀川翔
青島幸男
曙太郎
東幹久
石井一久
石塚英彦
井筒和幸
江川卓
大泉洋
おすぎ


角田信朗
掛布雅之
勝俣州和
KABA.ちゃん
假屋崎省吾
KONISHIKI


さまぁ~ず
錣山
志村けん
笑福亭鶴瓶
セイン・カミュ


高田純次
高田延彦
蝶野正洋
千代大海龍二
TIM


中川家
永島昭浩
中村紀洋
中山秀征


畑山隆則
花田勝
はなわ
ピーター
ヒロミ


舞の海秀平
マギー審司
松井稼頭央
ますだおかだ
宮本亜門
武蔵
武蔵丸光洋
武藤敬司
恵俊彰


吉田秀彦


渡辺正行

女性


相田翔子
泉ピン子
磯野貴理子
内田恭子
オセロ


華原朋美
研ナオコ
小池栄子
小林幸子


櫻井淳子
篠原ともえ
篠原涼子
島崎和歌子
杉田かおる


高島彩
千秋


西村知美
はしのえみ
ベッキー
辺見えみり
北陽
本上まなみ


松本明子
MEGUMI


山瀬まみ
YOU
ユンソナ
横山めぐみ
吉岡美穂

スタッフ
ナレーター:木村匡也
構成:伊藤正宏、小川浩之、大賀広道、松本えり子、工藤ひろこ
プレーン:浮ヶ谷高伸
TD(テクニカルディレクター):清水伸恭
CAM(カメラマン):大山浩文、畠中宏
AUD(オーディオ音声):絹山幸広、渡部康志
VE(ビデオエンジニア):高山昌樹
照明:三觜繁
VTR編集:可児国博、奥山雄高
ビジュアルクリエーター:薗部健
MA:渡辺究
音響効果:大久保吉久、島村龍治
美術:清水淳司
デザイン:別所晃吉
美術進行:古川飛
大道具:三上晋
アクリル装飾:織田秀幸
装飾:望月富夫
電飾:田中信太郎
衣裳:山田斉
スタイリスト:平尾俊
メイク:久保田裕子
CG:冨士川祐輔、鈴木千夏
ロゴデザイン:岸和弘
TK(タイムキーパー):槙加奈子
広報:田中奈美
デスク:竹之内久美子
アシスタントディレクター:横山健一、佐藤宏太郎、樋口絵里子、宮内敦史
ディレクター:長沼昭悟、亀田剛、石川のりひさ、大谷卓、太田実
AP:増谷秀行
総合演出:田中経一
プロデューサー:松村匠
協力:ジャニーズ事務所
技術協力:八峯テレビ、ビジュアルコミュニケーションズ、CCファクトリー(旧TDKビデオセンター)
制作協力:三慶サービス、カーメルサービス、スプリングファーム
制作:フジテレビバラエティ制作センター
制作著作:フジテレビ

過去のスタッフ
編成:熊谷剛
AP:岡本計
デスク:三木真奈美
TD(テクニカルディレクター):関克哉
AUD(オーディオ音声):谷川宏輝、元山拓巳、朝川大輔
VE(ビデオエンジニア):大高浩
VTR編集:加藤佳一、横川靖、林宏
美術:井上幸夫
デザイン:きくちまさと
美術進行:塚原淳司
装飾:高野城二
持道具:土屋洋子
アクリル装飾:和田好恵
特殊効果:中山信男
衣裳:星野恵美
CG:持田学
技術協力:ザ・チューブ

テーマソング

キセキのはじまり(V6)
one(V6 feat.Shoo(S.E.S.))
A・SA・YA・KE(V6)
キミヘノコトバ(V6)
ラヴ・シエスタ(V6)
晴れ過ぎた空(V6)
それぞれの空(V6)
タイムカプセル(V6)
愛をコメテ(V6)
Rainbow(V6)
リスク(V6)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
 

学校へ行こう!MAX



学校へ行こう!MAX

学校へ行こう!MAX(がっこうへいこうマックス、英名:GROOVY AFTER SCHOOL MAX!)は、TBSで日本時間の毎週火曜日夜7時56分から8時54分まで放送している学校教育バラエティ番組。2006年3月までは夜7時54分(TBS以外では原則として8時)からだった。2005年4月19日スタート。

出演

みのもんた(みのりかわ学園校長)
V6
渡辺満里奈
夏帆
奥田民義(ナレーション)
金成公信(ハローバイバイ、みの宮金次郎)

主なコーナー・登場人物

ニッポン学生の声大ローラー作戦!
学校へ行こう!の最終回、2005年3月15日に放送された「ニッポン!学生聞き込み調査隊!!」が前身。学生にインタビューしているVTRの中で、気になる学生をV6のメンバーが実際に会いに行く、「学校へ行こう!」の原点に立ち返ったコーナー。ナビゲーターは、みの宮金次郎(声の主・ハローバイバイ金成公信、「それゆけ!みんなのカタカーナ」のカーナの声と同じ)

文舞両道フリツケ甲子園

元は灘中学校・高等学校の6人の男子高校生が、V6のダンスを踊る為ダンス指導を受け、それを見た麻布ぃ6(麻布中学校・高等学校の男子高校生)が2005年6月7日放送の「ニッポン学生の声大ローラー作戦!」に登場しライバル視、そして視聴者の名門進学高校生「○○6」(○○は学校の略称)が番組に応募し、日本一の学生ダンスグループを決める。実質2005年6月14日開始。

ニッポンの今ドキあたりまえ学生

「あたりまえスロット」を回転させ、V6が学生に街頭インタビュー。2005年5月17日放送。
岡田准一のクイズおもいっきり学校News
2005年5月24日開始。学生代表に学校生活に必要な知識に関する問題を突然出題し、60秒以内に答えを出させる。

宮崎学園合唱部合唱コンクールへの道

2005年6月14日放送に登場した「合唱部を作りたい」という男子学生率いる合唱部を追跡する密着ドキュメント。2005年10月25日に合唱コンクール九州大会の模様を放送。

エアボーカリスト

2006年2月21日放送の最後で、学生がネットで発見した「后舎男生」という中国・広東省の学生のグループがバックストリート・ボーイズの「I WANT IT THAT WAY」を口パクする映像が大反響を呼んだことで始まった企画。始まるやいなや佐賀大学野球部4人組や嘉手納外語塾の生徒、などが出す作品に出演者、視聴者が釘付けとなった。参加資格は原則として学生であること(まれに社会人もいる)、固定カメラで撮影すること、洋楽の有名ヒットソングであること(外国人の場合は邦楽でも可)。エアボーカル、略してエアボとも言う。 
約20年前からこれに似た活動をしていたという40代の男性や、「あきる野市のスーパーエアーボーカリスト」の異名をとる「リッキー」(高校2年生)など笑える作品から、自分で映像処理をしたプロのPV(プロモーションビデオ)に近い精密な出来の作品まで幅広く投稿されている。
新たな音楽の楽しみ方としても、注目されている。


登場人物

崎浜君 他の人のインタビューのときに、偶然後ろを通りかかる。シャチホコのまねで、大爆笑をさらう。インタビューの特別編で、わざわざスタッフを呼び出し、側筋(腹筋と背筋のまんなから辺を鍛える)を披露した。また、V6の沖縄旅行では跳びシャチを披露した。

井出君 崎浜君のVTRの後に、スタジオで発見。後日、井出君の家で趣味のバスケット、天気予報の話を聞く。また、その際に、井出君は好きだった女の子に告白(正確に言うと、返事を聞いただけ)。


灘6

2005年4月19日放送分で登場した、日本屈指の進学校・灘高校の3年生6人によるダンスユニット。

「モテたいから」という理由で結成されたこのユニットは「文化祭で『サンダーバード』を披露したいので指導してほしい」とV6にFAXで助けを求めたことでV6から直接指導を受けた。途中スタッフが骨折するというトラブルがあったが、5月の灘高文化祭で見事に踊りきった。

これに触発されたのか、このあと同じ名門私立・麻布高校の生徒が「麻布ぃ6」を結成。また、早稲田大学高等学院の生徒も「早稲6」、筑波大学附属駒場高校も「筑6」を結成。彼らに発表の場を与えようと決定した「全国男子学生フリツケ甲子園・夏の陣」にはほかに青山学院高等部の「青3(ブルースリー)」、立教新座高等学校の「立6」、私立武蔵高校の「武蔵Kids」が出場した。

余談ではあるが、灘6のみがV6により命名されており、他のユニットはそれぞれが自分でつけたユニット名である。


その他

当番組は前身の「学校へ行こう!」の視聴率が裏番組である「NHK歌謡コンサート」(NHK総合テレビ)や「踊る!さんま御殿!!」(日本テレビ)に苦戦し、低迷していたためリニューアルされたもの。内容も前身時代の初期に立ち返り、後期のセミプロや番組レギュラーによる一般的なバラエティ然としたものから、「日本の学生」を中心としたものへ大改編された。しかし視聴率は改善されないせいか、番組編成期ではなくても7時台に放送されている「ぴったんこカン・カン」と交互に2時間(夜6時55分から8時54分まで)のスペシャル番組が放送されることが多く、放送は月2・3回程度とやっていた時期があった。

ちなみに前番組でやっていた「どこ行くんですか?ゲーム」に則ってV6の三宅・長野以外の4人とドランクドラゴンがイブニング5のエンタメコーナー出演を目指すという企画もあった。そのコーナーの発表は当日の朝「朝ズバッ!」内で行った。

番組内のBGMはV6がエイベックスに所属しているせいか、エイベックス所属のアーティストの曲が流れることが多い。特にJanne Da Arc、大塚愛は頻繁に流されている。

長野県のJNN局信越放送の「Uパレード」(2006年8月18日終了)には「信州ばん学校へ行こう2」という長野県の学校限定だが番組のコンセプトが似ているコーナーがあった。このコーナーには長野・坂本の2人が飛び入りで出演したことがある。

2008年2月5日放送では久しぶりにゲーム企画が復活した。


スタッフ

構成:おちまさと、都築浩、樋口卓治、村上卓史、すずきB、渡辺勝彦、藤井輝久、石津聡
リサーチ:真壁寿子
イラスト:高橋潤(スイスイ)
TM (テクニカルマネージャー) :箸透
TD (テクニカルディレクター) :阿部直樹
カメラ:藤田栄治
VE (ビデオエンジニア) :出口博久
音声:鈴木誠司
照明:加藤美和子
ロケ技術:野中利克、野上正樹、金子幸政、伝田直樹
美術:三須明子
美術制作:安川毅
装置:谷平真二
大道具操作:牧ヶ谷純二
装飾:野呂利勝
電飾:澤田稔
メカシステム:庄子泰広
持道具:貞中照美
衣裳:永井碧
メイク:惣門亜希子
スタイリスト:御法川靖子(みの担当=夫人)、五十嵐孝智、三上津香沙、寄森久美子
オープニング:鶴田隆司
CGデザイン:梅沢智仁
VTR編集:野口善弘
MA:並木丈治
音効:幾代学、澤井隆志
web制作:システム四季
TK (タイムキーパー) :飛田亜也
番組宣伝:小林恵美子
デスク:渡辺香織
AP (アシスタントプロデューサー) :廣友忠伸、荒井美妃
ディレクター:和田英智、堤俊博、金原将公、石黒光典、及川慶、戸田悠貴、横井雄一郎
チーフディレクター:平田さおり / 藤田賢城(BERMUDA)
総合演出:江藤俊久
プロデューサー:櫟本憲勝
チーフプロデューサー:吉田裕二
協力:ジャニーズ事務所
技術協力:ProCam
制作:TBSテレビ
製作著作:TBS

過去のスタッフ

チーフプロデューサー:戸正啓
プロデューサー:荒牧克久
ディレクター:田口健介、有馬巨人、松木大輔、山中健洋
TM (テクニカルマネージャー) :中澤健
メカシステム:大谷圭一
衣裳:中川博次
メイク:アートメイク・トキ

テーマソング
Wonder World(V6)
Train(V6)
僕と僕らのあした(V6)
ジャスミン(V6)
Voyager~ボイジャー~(V6)
way of life(V6)


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
 

V6 (コンサート)



コンサート

1995年 イベント V6 SING FOR THE PEOPLE

11月1日 1ヶ所1日間2公演 代々木第一体育館(東京) バレーボールの国際大会が良く開催される代々木競技場にて、デビューイベントを行なった。本人達は「お客さんが300人位でも、ちゃんとやろうな」と言っていたが、蓋を開けてみたら大入満員となり、出演した本人達が一番びっくりしたそうである。

1995年 ツアー V6 X'mas For The People
12月22日 1ヶ所1日間1公演 大阪城ホール  ファーストライブの大阪公演。次の東京公演と合わせてのツアーだが、クリスマスにちなんだ公演タイトルとなっている。

1996年 ツアー V6 New Year For The People
1月27日 - 1月28日 1ヶ所2日間3公演 代々木ホワイトシアター(東京) ファーストライブの東京公演。先の大阪公演と合わせてのツアーだが、正月にちなんだ公演タイトルとなっている。

1996年 ツアー V6 V6 Tour in Japan
3月19日 - 5月5日 6ケ所6日間?公演 北海道厚生年金会館(札幌)、仙台サンプラザ、横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、福岡サンパレス V6初の全国ツアー

1996年 ツアー CC Coming Century Concert
1996 3月19日 - 5月5日 3ケ所3日間6公演 石川厚生年金会館、長野市文化会館、九州厚生年金会館(北九州) V6の公演が開催されない地域にて開催された、カミセン初の単独コンサート

1996年 - 1997年 ツアー CC HAPPY GREETING
12月24日 - 1月11日 3ヶ所3日間?公演 横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール

1996年 - 1997年 ツアー V6 HAPPY GREETING
12月25日 - 1月12日 3ヶ所3日間?公演 横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール 1月3日の横浜公演の1部の公演の時に、岡田がステージ下で頭をぶつけ、流血してしまった。

1996年 - 1997年 ツアー 20C HAPPY GREETING
12月25日 - 1月8日 3ヶ所3日間?公演 東京厚生年金会館、愛知厚生年金会館、劇場飛天(大阪) トニセン初のコンサートツアー。

1996年 単独コンサート V6 V6 COUNT DOWN
'97 12月31日 1ヶ所1日間1公演 神戸ワールド記念ホール 阪神大震災の災害復興チャリティーイベントととして、グループ単独で行われたカウントダウン・コンサート。コンサート開催に際し、メンバーの衣装250点をチャリティーオークションし、収益金全額を神戸市教育委員会に寄付した。後に行われたJ-FRIENDSのカウントダウンコンサートへの布石となったコンサートである。

1997年 ツアー V6 春1番コンサート
3月27日 - 5月4日 6ケ所12日間?公演 仙台サンプラザ、横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、広島厚生年金会館、福岡国際センター 5月4日の福岡公演は、当初会場が福岡サンパレスで日程も違う日であったが、申込多数により、日程・会場を変更し行なわれた。

1997年 ツアー CC WHAT’S COOL !?
7月27日 - 8月30日 5ヶ所5日間?公演 真駒内アイスアリーナ(札幌)、横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、福岡国際センター カミセンとしては、初の先刻ツアー。7/26(ツアー初日)の大阪公演が、台風の影響により延期となる。

1997年 ツアー V6 WAになっておどろう
7月28日 - 8月31日 5ヶ所5日間?公演 真駒内アイスアリーナ、横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、福岡国際センター

1997年 ツアー 20C “ROAD” show
9月6日 - 11月9日 11ヶ所15日間?公演 仙台サンプラザ、福島市民文化センター、大宮ソニックシティ、千葉県文化会館、東京厚生年金会館、静岡市民文化会館、長野市民会館、愛知厚生年金会館、神戸国際会館、 広島厚生年金会館、福岡市民会館 トニセンとしては初の全国ツアー。V6やカミセンが公演を行っていない地域で多くの公演が行われた。

1997年 イベント V6 ジャニーズ カウントダウン・コンサート
12月31日 1ヶ所1公演 東京宝塚劇場 同イベントで初めて、J-FRIENDSとして舞台に立つ

1998年 ツアー V6 GENERATION GAP
1月2日 - 1月15日 3ヶ所11日間?公演 東京宝塚劇場、名古屋レインボーホール、大阪城ホール 東京公演は、名古屋・大阪公演とは違う内容で行なわれた。1月15日の東京公演では、大雪であったが公演を実施。また同日の朝、「ジャニーズ祭りin東京宝塚劇場 ファイナルステージ」のチケット購入抽選会が、会場近くの日比谷野外大音楽堂にて行なわれたため、抽選会開始前にメンバー全員が抽選会場に挨拶に来た。

1998年 ツアー V6 ジャニーズ祭りin東京宝塚劇場 ファイナルステージ
1月18日 1ヶ所2公演 東京宝塚劇場 宝塚劇場で行なわれた公演の最終日に、同事務所のタレントが多数出演して行なわれたイベント

1998年 単発コンサート V6 GENERATION GAP
5月1日 - 5月5日 1ヶ所4日間7公演 横浜アリーナ 冬に名古屋、大阪で行なわれた公演と同じ内容を、追加公演として横浜で開催

1998年 ツアー CC Johnny's Summer Concert '98 「Coming Century」
7月27日 - 8月27日 3ヶ所4日間7公演 横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール V6が行われる公演日を前後した日程で、公演が行われた。

1998年 ツアー V6 Johnny's Summer Concert '98 「V6」
7月28日 - 8月30日 3ヶ所5日間9公演 横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール

1998年 ツアー 20C Johnny's Concert Tour ‘98「20th Century」
9月5日 - 10月24日 9ヶ所13日間?公演 Zepp Sapporo、盛岡市民文化センター、仙台サンプラザ、東京国際フォーラム ホールA、山梨県民文化ホール、静岡市民文化会館、名古屋市民会館、大阪厚生年金会館、福岡市民会館

1998年 イベント V6 V6 PRIVATE PARTY
11月28日 - 12月20日 8ヶ所5日間?公演 Zepp Sapporo(岡田)、仙台サンプラザ(三宅)、NHKホール(20th Century)、石川県産業展示館1号館(森田)、愛知厚生年金会館(坂本)、大阪厚生年金会館(Coming Century)、広島アステールプラザ(長野)、福岡スカラエスパシオ(井ノ原) 11thシングル「over / EASY SHOW TIME」の購入特典として、応募券を送ると抽選で招待されたイベント。それぞれの会場には、メンバーの誰かが来るということになっており、公演当日に本人の登場によって初めて知らされた。会場名の後に、どのメンバーが来場したかを記載

1998年 - 1999年 ツアー V6 Johnny's Winter Consert '98~'99 「V6」
12月25日 - 1月7日 2ヶ所7日間12公演 横浜アリーナ、大阪城ホール 1998年に横浜ベイスターズが日本一になったのを記念し、「横浜」で「(V)6公演」を予定していたが、1公演追加公演が決まったため、結局7公演行なった。

1998年 イベント V6 J-FRIENDSカウントダウンコンサート「Asia Biggest Countdown in Dome」
12月31日 1ヶ所1公演 東京ドーム この公演より、東京ドームでのカウントダウンコンサートが恒例となる

1999年 ツアー CC Johnny's Summer Concert '99 「Coming Century」
7月24日 - 8月27日 9ヶ所11日間16公演 北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、横浜アリーナ、アイメッセ山梨、浜松アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、広島グリーンアリーナ、マリンメッセ福岡 夏のツアーでV6では行われなかった地域を含め行われた。

1999年 ツアー V6 Johnny's Summer Concert '99 「V6」
8月9日 - 8月26日 3ヶ所6日間?公演 横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール
1999年 単発コンサート+イベント V6 学校へ行こう! PRESENTS V6 1999 SUMMER CONCERT 8月31日 1ヶ所1日間2公演 横浜アリーナ 自身が出演していたテレビ番組「学校へ行こう!」の番組収録も兼ねて行なわれた、イベント色の強かったコンサート

1999年~2000年 ツアー 20C 20th Century「WISHES」
11月27日 - 2月13日 11ヶ所14日間公演 北海道厚生年金会館、岩手県民会館、仙台サンプラザ、東京国際フォーラム ホールA、神奈川県立県民ホール、石川厚生年金会館、長野市民会館、静岡市民文化会館、名古屋市民会館、大阪フェスティバルホール、広島郵便貯金会館

1999年 イベント 20C 「WISHES」発売記念 シークレットライブ
12月26日 1ヶ所 1公演 東京国際フォーラム ホールD シングル「WISHES」発売を記念し、購入者を対象に応募を募り、150名を招待し行われたシークレットライブ

1999年 イベント V6 J-FRIENDS MILLENNIUM in TOKYO DOME
12月31日 1ヶ所 1公演 東京ドーム

2000年 ツアー V6 MILLENNIUM GREETING
1月3日 - 1月10日 2ヶ所7日間?公演 横浜アリーナ、大阪城ホール 1/8の公演で、森田がコンサート途中でステージより落下し、背中~腰を打ち退場した。

2000年 ツアー V6 "HAPPY" Coming Century, 20th Century forever
8月25日 - 9月10日 2ヶ所4日間7公演 さいたまスーパーアリーナ、大阪城ホール V6としては、2ヶ所のみで公演を実施、さいたまスーパーアリーナ公演ではこけら落とし公演(V6が、コンサートとしては初めて使用)を行った。

2000年 ツアー CC マッハブイロクspecial Coming Century summer tour
2000 7月29日 - 8月31日 9ヶ所12日間20公演 北海道厚生年金会館、仙台市体育館、山形市総合スポーツセンター、さいたまスーパーアリーナ、横浜アリーナ、石川県産業展示館4号館、ツインメッセ静岡、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、マリンメッセ福岡 この年の夏のツアーも、V6では行われなかった地域を含め行われた。

2000年~2001年 ツアー 20C 20th Century「Precious Lφve」(プレシャス・ライブ)
11月10日 - 2月13日 16ヶ所19日間34公演 北海道厚生年金会館、苫小牧市民会館、岩手県民会館、福島県文化センター、茨城県立県民文化センター、大宮ソニックシティ、東京国際フォーラム ホールA、山梨県立県民文化センター、アクトシティ浜松、名古屋センチュリーホール、大阪フェスティバルホール、広島厚生年金会館、松山市民会館、香川県県民ホール、福岡サンパレス、長崎ブリックホール 3/22にこのツアーの内容を収録したDVDが発売されてしまった為、4/7以降の東京・名古屋公演は、DVDを見た人であれば、初めて公演に来た人でも公演内容が分かってしまっている状態にて行われた。

2001年 ツアー V6 V6 winter concert 2001「Very best」
1月2日 - 1月8日 2ヶ所6日間11公演 横浜アリーナ、大阪城ホール

2001年 ツアー V6 V6 Summer Tour 2001 「Volume6」
7月24日 - 8月28日 6ヶ所15日間24公演 真駒内屋外競技場、シェルコム仙台、代々木第一体育館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、マリンメッセ福岡 「コンサートは、6人だけで行いたい。」とのメンバーの意向により、このツアー以降は、ジャニーズJr.の出演は行われていない。(一部ゲスト出演は有り)。8/22の東京公演が、台風の影響により8/28に延期となった。

2001年 ツアー CC Coming Century Concert Tour 2001 「Around Asia」
10月20日 - 12月9日 14ヶ所22日間32公演 北海道厚生年金会館、盛岡市民文化センター、仙台サンプラザ、秋田県民文化会館、代々木第一体育館、富山オーバードホール、びわ湖ホール、大阪フェスティバルホール、神戸国際会館、広島郵便貯金ホール、九州厚生年金会館、福岡サンパレス、台北101、香港クィーンエリザベススタジアム 従来のアリーナクラスではなく、ホールクラスの公演を中心にツアーを展開。また初の海外公演を、11/4~6に台北、11/7~9に香港で行った。

2001年~2002年 ディナーショー 20C 20th Century Dinner Show
12月21日 - 1月6日 2ヶ所7日間13公演 東京全日空ホテル、大阪帝国ホテル V6のメンバーとして、またトニセンとして初のディナーショー。応募者多数のため、1月に4公演を追加。現在のところ、これが最初で最後のディナーショーとなっている。

2002年 ツアー V6 V6 SUMMER CONCERT 2002「Feel your breeze "one" summer」
7月30日 - 9月1日 6ヶ所17日間25公演 真駒内屋外競技場、シェルコム仙台、代々木第一体育館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、マリンメッセ福岡

2002年 ツアー CC Coming Century Autumun Concert 2002 「HAVE A SUPRE GOOD LIVE 2002」

9月28日 - 12月1日 5ヶ所11日間19公演 北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、代々木第一体育館、大阪フェスティバルホール、広島郵便貯金ホール

2002年 海外ツアー V6 V6 Asia Tour 2002 in Hong Kong・in Taipei」
11月2日 - 11月17日 ?ヶ所?日間?公演 香港灣仔會議展覽中心(Hong Kong Convention & Exhibition Centre)

2003年 ツアー 20C 20TH CENTURY TOUR 2003「SCREAMING!」
4月20日 - 6月29日 19ヶ所23日間?公演 帯広市民文化ホール、北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、郡山市民文化センター、NHKホール、東京国際フォーラム ホールA、パシフィコ横浜 国立大ホール、よこすか芸術劇場、新潟テルサ、石川厚生年金会館、長野市民会館、名古屋センチュリーホール、四日市市民文化会館、びわ湖ホール、大阪フェスティバルホール、神戸国際会館、広島厚生年金会館、九州厚生年金会館、福岡サンパレス トニセンとしてのツアーは、現在このツアーが最後となっている。

2003年 単独コンサート V6 V6 SUMMER SPECIAL DREAM LIVE 2003
8月14日 - 8月28日 1ヶ所13日間17公演 代々木第一体育館 この年はツアーは行われず、東京のみで開催。公演日毎に「V program」と「V V program」と2パターンの公演内容で行った。さらに8月28日は追加公演として「V V V program」(V programとVV programの別々の公演を、まとめて1日で観てもらう内容)を行った。以下は各公演を行った公演日と公演回
V program:8/14(夜)・16(昼・夜)・18(夜)・22(夜)・24(昼・夜)・26(夜)
V V program:8/15(夜)・17(昼・夜)・19(夜)・23(昼・夜)・25(夜)・27(夜)
V V V program:8/28(昼)

2003年 ツアー CC Coming Century Concert Tour 2003 「Coming with me!!」
10月19日 - 12月7日 10ヶ所22日間32公演 北海道厚生年金会館、青森市文化会館、岩手県民会館、仙台サンプラザ、東京国際フォーラム ホールA、富山オーバードホール、長野市民会館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、広島グリーンアリーナ カミセンとしてのツアーは、現在このツアーが最後となっている。

2004年 ツアー・単独コンサート V6 V6 SUMMER SPECIAL DREAM LIVE 2004
7月31日 - 8月25日 2ヶ所18日間24公演 代々木第一体育館、大阪城ホール この年は「OSAKA DREAM」、「TOKYO DREAM」、「V program」、「V V program」、「『学校へ行こう』SUMMER DREAM LIVE」の5パターンにて公演を展開。以下は各公演を行った公演日と公演回
OSAKA DREAM:8/1(昼・夜)・2(夜)
TOKYO DREAM:8/7(夜)・8(昼・夜)・9(夜)
V program:8/12(夜)・14(昼・夜)・16(夜)・19(夜)・21(昼・夜)・23(夜)
V V program:8/13(夜)・15(昼・夜)・17(夜)・20(夜)・22(昼・夜)・24(夜)
『学校へ行こう』8/25(夜)

2005年 ツアー V6 V6 10th Anniversary Concert 2005 「musicmind」
11月2日 - 12月28日 10ヶ所22日間28公演 きたえーる(札幌)、仙台市体育館、代々木第一体育館、石川県産業展示館4号館、長野ビッグハット、浜松アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、広島グリーンアリーナ、福岡国際センター デビュー10周年記念として行われた、3年ぶりの全国ツアー。

2006年 ツアー V6 V6 SUMMER TOUR 2006 「グッデイ!」
8月3日 - 9月1日 7ヶ所17日間19公演 きたえーる、国立代々木競技場第一体育館、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、広島グリーンアリーナ、マリンメッセ福岡、鹿児島アリーナ 鹿児島公演は当初8/23・24の2公演を予定していたが、8/23の1公演のみとなった。また、東京・大阪それぞれ1公演ずつ追加公演を行った。

2007年 ツアー V6 V6 LIVE TOUR 2007 「Voyager」 -僕と僕らのあしたへ-
9月28日 - 11月18日 6ヶ所13日間16公演 きたえーる、ホットハウススーパーアリーナ、代々木第一体育館、日本ガイシホール、大阪城ホール、マリンメッセ福岡 当初11/3・4に横浜アリーナでの公演が予定されており、公式HPにも日程が掲載されていたが、FC会員に優先販売のお知らせを発送する前に、急遽公演中止となった。また東京で4公演、大阪で1公演それぞれ追加公演が決まった。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
 

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