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KAT-TUN 2



オリジナル曲

シングル・アルバムに収録されておらず、なおかつソロ・デュエットを除いた曲を、仮名50音順に記す。

あ行

愛はいつも追いかけるモノ(作詞: ERYKAH、作曲: 石塚知生・高橋哲也)
OH-E-OH! 太陽のSalsa!(作詞: SPIN、作曲: 船山基紀)
オリジナル・ブルー(作詞: 相田毅、作曲: コモリタミノル)

か行

さ行

Six Groove(作詞: ha-j、作曲: ha-j、編曲: ha-j)
青天の霹靂(作詞: Satomi、作曲: 稲田潤)

た行

Change(作詞・作曲:堂本光一)
ツキノミチ(作詞: TAKESHI、作曲: 蔦谷好位置、編曲: 蔦谷好位置)
元々はジャニーズJr.名義のオリジナル曲
DESTINY(作詞: SPIN、作曲: 飯田建彦、編曲: ha-j)
DRIVE ME DRIVE ON(作詞: 西野健次、作曲: 宮崎歩)
ど〜にかなるさ

な行

は行

ピカピカII(作詞・作曲: 永井真人)
FUCK ME〜Do me one time,Try me one night〜 (作詞:清水昭男 Erykah 作曲:清水昭男)

ま行

Messenger(作詞: ERYKAH、作曲: 酒井ミキオ)

や行

ら行

Le ciel 〜君の幸せ祈る言葉〜(作詞: SPIN・miguel、作曲: Akihito、編曲: ha-j)
Rockin'(作詞: JOKER・SPIN、作曲: 森元康介)

わ行


出演

バラエティ番組

8時だJ(1998年4月 - 1999年9月、テレビ朝日)
music-enta(2001年4月19日 - 2002年3月14日、テレビ朝日)
ミュージック・ジャンプ(1997年4月 - 2000年3月NHK BS2)
ザ少年倶楽部(2000年4月 -(BS2)
ポップジャム(2001年4月 - 2002年3月、NHK)
裸の少年 (2001年4月 - 2003年3月 テレビ朝日)までレギュラー出演。その後不定期出演
THE夜もヒッパレ(2002年、日本テレビ) - 準レギュラー
ミンナのテレビ(2005年4月 - 2005年9月、日本テレビ)
KAT-TUN×3(2005年7月30日・8月6日、日本テレビ)
KAT-TUNのグラチャン応援プロジェクト(2005年10月1日 - 、日本テレビ)
歌笑HOTヒット10(2005年10月 - 2006年3月、日本テレビ)
ウタワラ(2006年4月 - 2007年1月、日本テレビ)
24時間テレビ29 「愛は地球を救う」〜絆〜(2006年8月26日 - 27日、日本テレビ) - メインパーソナリティ
高校生制服対抗ダンス甲子園(2006年12月30日、日本テレビ)
カートゥンKAT-TUN(2007年4月4日 - 、日本テレビ)
KAT-TUNの先輩教えて下さい!大人のオキテ100 ア〜ンドくりぃむ(2008年1月12日、日本テレビ)

テレビドラマ

怖い日曜日(1999年7月4日 - 9月26日、日本テレビ)
怖い日曜日〜新章〜(1999年10月3日 - 12月26日、日本テレビ)
熱血恋愛道(1999年1月10日 - 5月2日、日本テレビ)
怖い日曜日〜2000〜(2000年7月2日 - 11月26日、日本テレビ)
史上最悪のデート(2000年12月3日 - 2001年4月29日、日本テレビ)

CM

NTTドコモ
FOMA new9(902iS)「いくぜオンガク! 篇」(2006年6月)
NTT DoCoMo 903i(2006年11月26日 - 12月30日、JR西日本・大阪環状線の車体広告として)
企業広告「ぼくたちの自由篇」(2007年8月)
スカイパーフェクTV!
「新魔球篇」(2006年3月)
「フリーキック篇」(2006年5月)
「MUSIC LIFE! 篇」(2006年8月)
「スカパー! よくばりパックキャンペーン トナカイチャンネル? 篇」(2006年12月)
ロート製薬
もぎたて果実(2005年7月)
ロートCキューブ(2005年10月)
ロッテ
クランキー
「CMが地味? 篇」(2002年9月)
「クセなんだ♪篇」
「クセなんだ♪篇II」
「おいしい食べ方篇」
「ウォーキングバー篇」
プラスX
「グリーンアップル&レッドベリー篇」(2003年11月)
「ブルーシトラス篇」(2004年)
「ピンクベリー篇」(2005年)
「チームプラスエックス篇」(2005年11月22日 - 27日、全5話)
「ゴールドパイン衣装篇」(2006年2月)
「ゴールドパインガム3箱篇」(2006年2月)
「レインボーフルーティア篇」(2006年7月)
「オリジナルボトルキャンペーン篇」(2007年1月)
「マジックキウイ篇」(2007年7月)
「パワーオブフルーツ篇」(2007年11月)

ラジオ

KAT-TUN スタイル(ニッポン放送)
R-One KAT-TUN(文化放送)

コンサート

お客様は神サマーConcert 55万人愛のリクエストに応えて!!(2002年8月10日 - 8月28日、2都市26公演)

Ko年モ Ah Taiヘン Thank U Natsu(2003年8月8日 - 8月28日、3都市10公演)

KAT-TUNの大冒険 de SHOW(2003年8月12日 - 8月20日、ホテル・グランパシフィック・メリディアン、20公演)

KAT-TUN Live海賊帆(2004年12月28日 - 2005年1月10日、3都市14公演)

Spring 05 Looking KAT-TUN(2005年3月25日 - 3月27日、横浜アリーナ、4公演)

Looking 05 KAT-TUN(2005年5月29日 - 6月26日、5都市14公演)

Looking KAT-TUN 2005ing(2005年8月26日 - 8月28日、横浜アリーナ、6公演)

KAT-TUN Special TOKYODOME CONCERT Debut "Real Face"(2006年3月17日、東京ドーム、1公演)

Spring Tour '06 Live of KAT-TUN "Real Face"(2006年3月28日 - 5月7日、8都市40公演)

Spring Tour '06 in TOKYO DOME Live of KAT-TUN "Real Face"(2006年5月13日 - 5月14日、東京ドーム、2公演)

TOUR 2007 cartoon KAT-TUN II You(2007年4月3日 - 6月17日、7都市28公演)

KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES(2008年6月21日 - 8月5日)


舞台

DREAM BOY(2004年1月8日 - 1月31日、帝国劇場)

「KAT-TUN&関ジャニ∞編」(2004年4月30日 - 5月7日、梅田コマ劇場)

「滝沢秀明編」(2004年5月8日 - 5月21日、梅田コマ劇場)

SUMMARY of Johnnys World(2004年8月8日 - 8月29日、原宿新ビッグトップ)

Hey! Say! Dream Boy(2005年4月27日 - 5月15日、梅田芸術劇場、34公演)

KAT-TUN vs 関ジャニ∞ Musical Dream Boys(2006年1月3日 - 1月29日、帝国劇場、38公演)

DREAM BOYS(2007年9月5日 - 9月30日、帝国劇場、38公演)


連載

ハートビートKAT-TUN(『POTATO』)
SECRET FACE(『duet』)
KAT-TUN'S MANUAL(Johnny's Web)
愛はKAT-TUN(『週刊ザテレビジョン』)
KAT-TUNスタイル(『月刊 TVnavi』)
R-One KAT-TUN(『月刊 TVnavi』)


書籍

KAT-TUN写真集 「KAT-TUN 1st. in NEW YORK」(2003年、ワニブックス)


TEN-G

TEN-Gは、KAT-TUNのメンバーが天狗になってしまった事を歌う、全米で大ヒットしたKAT-TUNの弟分グループであるという設定。2005年8月26日に行われた横浜アリーナでのコンサートで初登場し、2006年3月17日に行われた東京ドームでのデビューコンサート「KAT-TUN Special TOKYODOME CONCERT Debut "Real Face"」と「Spring Tour '06 Live of KAT-TUN "Real Face"」の大阪公演3月28日の1部のみにも出演した。

メンバー

紫天狗(亀梨)
ピンク天狗(赤西)
腹黒天狗(田口)
青天狗(田中)
赤天狗(上田)
黄天狗(中丸)

オリジナル曲

TEN-"G"(作詞: ピンク天狗・青天狗、作曲: 吉岡たく)

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KAT-TUN 1



KAT-TUNは、日本の男性アイドルグループである。所属芸能事務所はジャニーズ事務所。所属レコードレーベルは専用のプライベートレーベルであるJ-One Records。2001年結成。


概要

2001年3月16日、音楽番組『ポップジャム』(NHK)の司会を務めていた堂本光一の専属バックダンサーとして、ジャニー喜多川の鶴の一声で結成する。そのため正式な結成日はあいまいであるが、4月7日という説が濃厚であると言われている。世間ではTV初登場はポップジャムと思われているが、正式なTV初登場は2001年3月30日放送のミュージックステーションSPである。

グループ名はメンバーの名字のイニシャルをつなげたもので、「勝運」や、「漫画のように、1ページ読むとまた次のページが読みたくなる」という意味から「cartoon」(漫画)にもかけている。字面から想像しにくい読み方であるため「カツーン」「カッツン」など共演者にも呼び間違えられる事が多々ある。
ハイフンはファンを意味している。

赤西と亀梨が『ごくせん』に出演以降、日本テレビとの関わりが多い。


メンバー

グループ名の由来であるイニシャル順に記す。先頭のアルファベットは、該当のイニシャルである。

K 亀梨和也(かめなし かずや、1986年2月23日 - B型)
A 赤西仁(あかにし じん、1984年7月4日 - O型 )
T 田口淳之介(たぐち じゅんのすけ、1985年11月29日 - AB型)
T 田中聖(たなか こうき、1985年11月5日 - B型 )
U 上田竜也(うえだ たつや、1983年10月4日 - B型)
N 中丸雄一(なかまる ゆういち、1983年9月4日 - O型)


略歴

2002年
8月、大阪松竹座で行ったコンサート「お客様は神サマー Concert 55万人愛のリクエストに応えて!!」の2日目に1日11公演を行った。

2005年
11月、『2005年ワールドグランドチャンピオンズカップ』の応援プロデューサーに就任する。

2006年
3月17日、東京ドームでコンサート「KAT-TUN SPECIAL TOKYO DOME CONCERT Debut "Real Face"」を行う。CDデビュー前のアーティストによる単独ライブは、同会場史上初である。

3月22日、1枚目シングル『Real Face』、アルバム『Best of KAT-TUN』、DVD『Real Face Film』でトリプルデビュー。KAT-TUNのためにジャニーズ系のレコード会社、J Stormの内部に立ち上げられた新レーベル、「J-One Records」からの発売となる。3作品がそれぞれオリコンチャートで1位を飾った事に加え、有線リクエスト、着うたダウンロードでも1位を獲得し、5冠を達成した。また、4月にはシングルがミリオンセラーを達成した。『Real Face』の作詞はスガシカオ、作曲は松本孝弘(B'z)

4月3日、NEWS・関ジャニ∞との3組合同ファンクラブ、「You&J」が発足される。

7月19日、2枚目シングル『SIGNAL』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。

10月12日、赤西仁がロサンゼルスへ語学留学するため芸能活動を休止する事が発表され、当面5人での活動となる。

12月7日、3枚目シングル『僕らの街で』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。作詞作曲は小田和正。


2007年

4月4日、KAT-TUNにとって初の冠レギュラー番組、『カートゥンKAT-TUN』が放送開始。

4月18日、『cartoon KAT-TUN II You』をリリース。オリコンアルバムチャート初登場1位を獲得。

4月19日、赤西仁が語学留学先のロサンゼルスから帰国。翌20日にメンバー全員揃って帰国会見を行い、芸能活動復帰を表明した。以降再び6人での活動となる。

会見では翌日の仙台公演から全公演に帯同し、ファンへ挨拶するだけの予定だったが、アンコールで歌を2曲披露した。

大阪公演からは、赤西仁のコンサートグッズを販売。

完全復帰(フル出演)となった東京ドーム公演のみ、パンフレットをはじめ、写真入りの全グッズがこれまで販売されていたものから6人仕様に差し替えて販売された。

6月6日、4枚目シングル『喜びの歌』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。

11月21日、5枚目シングルとなる『Keep the faith』をリリース。この曲は作詞作曲は氷室京介(詞はSPINと共作)。12月3日付のオリコンシングルチャート初登場1位を獲得。

発売1週目の売上としては2007年シングル1位の35.1万枚を記録。デビュー以来続く初動売上で30万枚を超えるのはこれで5作連続となった。同所属事務所の先輩にあたるKinKi Kids以来、約9年ぶり、史上2組目の快挙となった。

12月24日 - 25日、『第33回ニッポン放送ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』(ニッポン放送)の司会を担当。(メインパーソナリティは同局で番組を持っている田口淳之介・赤西仁)


2008年

2月6日、6枚目シングルとなる『LIPS』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。

5月14日、7枚目シングルとなる『DON'T U EVER STOP』リリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。

6月4日、3枚目アルバムとなる『KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-』リリース。


作品

シングル

Real Face(2006年3月22日)
SIGNAL(2006年7月19日)
僕らの街で(2006年12月7日)
喜びの歌(2007年6月6日)
Keep the faith(2007年11月21日)
LIPS(2008年2月6日)
DON'T U EVER STOP(2008年5月14日)

アルバム

Best of KAT-TUN(2006年3月22日)
cartoon KAT-TUN II You(2007年4月18日)
KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-(2008年6月4日)

映像作品

お客様は神サマーConcert 55万人の愛のリクエストに応えて!!(2003年2月26日)
KAT-TUN Live海賊帆](2005年5月3日)
Real Face Film(2006年3月22日)
Live of KAT-TUN "Real Face"(2007年4月11日)
TOUR 2007 cartoon KAT-TUN II You(2007年11月21日)

 
 

大倉忠義



大倉 忠義(おおくら ただよし、1985年5月16日 - )は、日本の男性アイドルグループ・関ジャニ∞のメンバーである。ジャニーズ事務所所属。

略歴

1997年9月6日、V6の森田剛に憧れジャニーズ事務所のオーディションを受ける。そして見事合格し、練習生として入所。安田章大、錦戸亮と同期である。

ジュニア時代は主に関西ジャニーズJr.の中心であった渋谷すばる、横山裕、村上信五のバックで活躍していた。

2002年12月、大倉を除く関ジャニ∞のメンバー7人がレギュラー出演していた番組「J3KANSAI」に、新たにレギュラーメンバーとして加入。関ジャニ∞の人数が8人になったのは、上記番組が関西地方の8chである関西テレビで放送されていたからである。

加入メンバーに大倉が選ばれた理由は、同期入所であった丸山と安田が「大倉はリズム感がいいからドラマーとしてグループに入れてくれ」と社長に直訴した為。ここから大倉はドラムを猛特訓し、加入が決まった。

2004年8月25日、関西限定発売の「浪花いろは節」で関ジャニ∞としてCDデビュー。

人物

弟が2人いる。

関ジャニ∞のメンバーで最も長身であり最も小顔である。

動きや喋りがスローなため人からよく突っ込まれているが、本人曰く周りが極端に早いだけであって自分では普通に喋っているつもりがスローだと言われるとのこと。

今はドラマーであるが昔はギターマンだった。最近はまたギターを弾いている。

関ジャニ∞ではドラムを担当。TOKIOなどのバンド形式を取っていないユニットでメンバーに楽器を常時持たせる事は珍しく、ジャニーズ事務所の若手ユニット(KAT-TUN、NEWSなど)内で明確な楽器を持つポジションで活動しているのは大倉と同グループの丸山隆平(ベース)、安田章大(ギター)のみである。

CDデビュー前の下積み時代は新聞配達のアルバイトをしていた。

飛行機恐怖症である。

昔から家族揃ってレンタルビデオ屋が好きで、今でも移動中にはパソコンで映画を観たりしている。

アイドルらしからぬぽっちゃり体型で、本人だけでなく周囲の人々もその太りやすい体質を気にかけている。本人曰く「似ているものはトトロか豚か熊としか言われたことがない」とのこと。

いちばん好きな食べ物は白米で、朝食もご飯派。

食べることは基本的に大好きだが、ケーキなどの甘過ぎるものや辛い食べ物は苦手であり、辛い物を食べた際には異様に騒ぐ。本人曰く、菓子類は洋菓子よりも和菓子のほうが好きとのこと。

食べるだけでなく実際に料理をすることも好きで、Johnny's webの連載でも度々自炊したことが書かれていた。

趣味でテディーベアを集めている。

Kis-My-Ft.2の北山宏光とは一緒にご飯を食べに行ったりするくらい仲が良い。

動物は犬が好きで、小動物や爬虫類や猫などは怖い。猫については雑誌のインタビューで「噛み付いてくるし引っ掻いてくるから」と答えている。

肌がたいへん弱く荒れやすいため、市販の洗顔料では合わない物がある。(DVD特典インタビューより本人談)

天然でおとなしいキャラであるが故に、メンバーからよくいじられる。しかしメンバーの丸山や安田に対しては強気な態度をとる場面が度々見受けられる。

寝起きが非常に悪く、『関ジャニ∞ えっ! ホンマ!? ビックリ!! TOUR 2007』の寝起きドッキリ作戦の時も、最初にドッキリに掛かったにも関わらず、後のメンバー以上に眠そうにしていた。実はこの寝起きドッキリの発案者は大倉本人であり、寝起きドッキリが行われた夜に『これからのエイトレンジャー』という嘘の打ち合わせで話し合いをした際、本人が「エイトレンジャーで“寝起きドッキリ”がしたい」と発言。その時既に手はずを整えていた横山と渋谷により、ドッキリを仕掛けられた後で事の真相を告げられた。

女の子に囲まれるのは基本的に苦手。

ドラマでのアドリブが苦手。土曜ドラマ『ヤスコとケンジ』でアドリブを命じられた時も、二言しか話さないままグダグダに終わらせてしまい、共演者の多部未華子に「がっかりした」と言われた。

エピソード

小さい頃は体がとても弱く、全身麻酔の手術も経験済みである。

涙もろい性格で、感動する映画や本を見て号泣することもある。雑誌のインタビューで「ジーンとなることは?」という質問では、「自分は涙もろいから。」と答えている。また、錦戸亮が出演していたドラマ『1リットルの涙』のDVD-BOXを一人で見ていて号泣し、仕事から帰ってきた錦戸を驚かせたこともある。

あだ名の「たっちょん」とは、安田によって名付けられた。

愛称

あだ名は「たっちょん」、「たつよし」、「たつ」、「たっくん」など。「ホテルオークラ」、「大蔵省」とも呼ばれていた。
小学校の頃は「大倉総理大臣」とみんなに呼ばれていた。
Kis-My-Ft.2の北山宏光からは「忠くん(ただくん)」と呼ばれている。
親戚には「ただよっちゃん」と呼ばれている(父親とかぶらない呼び方をするため)。
弟からは「たーしー」と呼ばれている。
『うたばん』では司会の石橋貴明と中居正広に「ジャニー大倉」と呼ばれている。

参加ユニット

J2000
V.WEST
MAO
ヤンジャニ
関ジャニ∞
関ジミ3(大山田)


出演

ドラマ

怖い日曜日〜2000〜 第10回:記憶からの使者〜よみがえる過去の恐怖!!(2000年9月10日、日本テレビ、)
シンデレラになりたい!(2006年3月18日、TBS) - 鳴海坂凡・鳴海坂剣 役
劇団演技者。 インテリジェンス(2006年、フジテレビ) - 従業員・はじめ君 役
必殺仕事人2007(2007年7月7日、テレビ朝日) - からくり屋の源太 役
歌姫(2007年10月12日 - 12月21日、TBS) - 神宮寺くん(後のジェームス) 役
ヤスコとケンジ(2008年7月12日 -、日本テレビ)- 椿 純 役

舞台

滝沢演舞城(2006年3月7日 - 4月25日)
Endless SHOCK(2008年1月6日 - 2月26日)

CM

オロナミンC 関ジャニ入らへん?・特訓編(2006年7月8日 - )

コンサート

大倉忠義コンサート 2008(2008年10月11日 - 10月21日)

ソロ曲

Butterfly I Loved(2006年)
まもりたい(2007年)
KJ2 ズッコケ大脱走収録曲
torn(錦戸亮とのデュエット曲)(2008年)
※タイトルは2人のイニシャル(t→忠義、o→大倉、r→亮、n→錦戸)の意味も込められている


 
 

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