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マジカル頭脳パワー!!



マジカル頭脳パワー!!

『マジカル頭脳パワー!!』(マジカルずのうパワー)は、日本テレビ系列で1990年10月27日から1999年9月16日にかけて放送されていたクイズ・ゲームバラエティ番組である。

番組概要

1988年に始まった『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』、1989年に始まった『知ってるつもり?!』に続く、「日本テレビクイズプロジェクト」第三弾番組として1990年10月27日に開始。1999年9月16日に終了。1994年3月26日までは、毎週土曜日20:00-20:54(JST)、同年4月14日以降は毎週木曜日19:54-20:54に変更。しかし、1999年4月22日以降は19:58-20:54に放送されていた。最高視聴率は1996年5月2日に記録した31.6%(関東地区)[1]。歴代日本テレビゴールデンタイムバラエティ番組で最も高い数字である。その後も平均20-25%を推移する怪物番組だった。

20時ちょうどではなく、他局の番組より少し早く番組を開始する、いわゆるフライングスタートを日本でゴールデンタイムに最初に行った番組でもある。


番組のあゆみ

日テレが制作に成功した番組の1つで、「あるなしクイズ」などで注目を浴びると人気が上昇した。視聴率は、開始当初は10%前後で横ばいだったが、徐々に上昇していった。土曜日時代は、フジテレビの『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば』、TBSの『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』、テレビ朝日の『暴れん坊将軍』などと互角に戦い、『ごきげんテレビ』を1992年3月に放送終了に追い込んだ(『やるならやらねば』は1993年6月に収録中の事故により打ち切り)。1994年4月からは、それまで木曜8時台に放送されていた『木曜スペシャル』と枠交換を行い、木曜日の放送となった[2]。

木曜日時代の1995年・1996年頃は「マジカルバナナ」、「マジカルアクション伝言バトル」などの人気コーナーで毎回高視聴率をマークし、裏番組である毎日放送制作枠(『ダウトをさがせII』、『超!よしもと新喜劇』、『ジパング大決戦!』)を9番組連続で終了に追い込んだ。土曜日から木曜日の枠移動は、TBSの『どうぶつ奇想天外!』の人気が上昇してきたことに加え、野球中継や当時ゴールデンタイムで中継されていたJリーグ中継から回避するための移動であった。また、1995年と1996年の4月-9月はなるべく本番組の放送回数を多くするため野球シーズン時も読売ジャイアンツの東京ドームでの試合程度が組まれるだけで、巨人が敵地で戦う試合の中継はほとんど組まれなかった。


番組の終焉とその後

1997年以降、「マジカルバナナ」や「エラーを探せ!(有名人を探せ!)」などの人気クイズが次々に撤廃されたが、しばらく人気は安定していた。しかし、1998年からはNHKの『コメディーお江戸でござる』、フジテレビの『奇跡体験!アンビリバボー』(土曜日から枠移動)、テレビ東京の『TVチャンピオン』に負けるなど苦戦。1999年になるとテレビ朝日の『木曜ミステリー』やTBSの『うたばん』(火曜日から枠移動)にも苦戦してしまい、同年9月16日に惜しまれつつも終了した。

レギュラー放送終了後は、2001年12月には復活スペシャルとして『マジカル頭脳パワー!! 21世紀芸能界No.1頭脳決定戦スペシャル!!』が放送された。後述のスペシャルの項を参照。

D3パブリッシャーから、ニンテンドーDS用ゲームソフト『マジカル頭脳パワー!!DS』が発売されることが、東京ゲームショウ2007特設ページから明らかになった。


番組内容

解答者は、知識を問うようなものではなく、パズルや推理クイズなどで頭のやわらかさを競う。番組の構成は時が経つにつれて大幅に変化していった。解答者の人数は5人(1990年10月27日-1992年4月18日)から始まって時間の経過に伴って6人(1992年5月9日-1993年10月23日)、7人(1993年10月30日-1995年1月12日)、8人(1995年1月19日-1999年2月18日)、9人(1999年2月25日-)と増えていき、末期のころには10人まで増えていた(ただし、2001年の復活スペシャルでは8チームに戻った)。9年間の放送で全252種類のクイズ・ゲームが考案された。

レギュラーの時に解答者が1000点(得点は「頭脳指数」と表す)以上の得点を挙げた場合には他の解答者から籠に入った紙吹雪を降らせて祝福され、世界の七不思議・マジカルミステリーツアー(世界一周旅行)へ招待された(ザ・ビートルズのマジカル・ミステリー・ツアーにかけていた)。またトップ賞(トップ頭脳賞)の場合は、当初は万年筆など世界のステーショナリークッズがプレゼントされていたが、レギュラー解答者でほとんど毎回トップを取っていた所ジョージが万年筆をコレクションとした。その後はJTBの旅行券10万円分→日本信販(現三菱UFJニコス)のギフトカード10万円分がプレゼントされた。


番組内コーナーの変遷

初期は芦ヶ原伸之が監修した影響が強く、スーパーコンピュータ「マジカル君」が出題をするという設定のもと、早押しクイズもなく「マジカルミステリー劇場」を中心とした推理ものや、例示されたパズルなどの書き問題が中心だった(問題内容はフジテレビ深夜番組『IQエンジン』にも類似)。1991年春からは早押しクイズ(ヒントクイズ)が登場。まだこの時は、1人が正解したら終了するという、他のクイズ番組でも行われていた標準的な形式のヒントクイズだった。視聴者の投稿クイズ(パズル)のコーナーもあり、初期は商品は時価10万円の純銀パズル(タングラム)であった。

当時の早押しクイズは頭脳指数が200から時間ごとに10減り、0までとなり、正解が出るまで解答権があるが誤答だと一回休みになった。

1991年後半からは「恐怖の居残り早押しクイズ」と称したものが中心となった(ルールは後述)。この形式の代表的なクイズは「あるなしクイズ」である。1991年11月-1993年11月までの約2年間はセットの解答者席に檻が出てきた。それ以降は檻は廃止されたものの、1995年1月までこの形式のクイズは続いた(1995年3月の90分SPでは一時復活した)。視聴者の投稿クイズの賞品は、番組特製時価10万円相当の純銀製タングラム(初期-中期)、トミーから発売された同番組のボードゲームと「あるなしクイズ」ビデオのセット。

「恐怖の居残り早押しクイズ」になると頭脳指数は200(途中から100)から-50となり、VTRを最後まで流すだけではなく、全員が正解するまで続く。同時にマイナス表示もパネラーが手書きしたものからデジタル表示を出すようになった。

1995年-1996年頃には「マジカルバナナ」・「マジカルチェンジ」・「マジカルインスピレーション」など、言葉遊び、連想ゲーム、リズム系クイズが一世を風靡し、人気を集めた。また、特に長い時間を割いた「伝言バトル」(1994年-1997年)では、伝達ミスなどの面白いハプニングが毎回のように起こった。

1998年以降になるとクイズの要素は次第に無くなっていき、ゲームが主体となっていった。


出演者

メイン司会者

板東英二(1990年10月初回-1999年9月最終回、2001年復活スペシャル)

マジカル・オペレーター

初代(第1回-1992年9月):木村優子
2代目(1992年10月-最終回):永井美奈子
3代目(2001年12月29日復活スペシャル):魚住りえ
(当時は全員日本テレビアナウンサーだったが、現在木村は日本テレビ広報宣伝部(『世界一受けたい授業』アシスタントプロデューサー)、永井、魚住はフリー)


解答者

レギュラー解答者

1枠(青→朱色)

所ジョージ(1990年11月-1996年10月)(初回は高田純次が出演)

所はほとんど毎週といっていいほどトップ頭脳賞を獲得しており、当時の賞品であった万年筆をコレクションにし、ジャケットの裏に数え切れないほど付けて登場したこともあった(その回もトップ頭脳賞を獲得したが、賞品としてプレゼントされたのは日本テレビのボールペンだった)。そのため、他の解答者が嫉んでいたのかミステリーツアーを阻止してなかなか1000点以上獲得できなかった。また、初めてマジカルミステリーツアーを獲得した際は、次週放送から旅行のために1ヶ月間番組を休んだ(その間、1枠の代役は和田アキ子とラサール石井が務めた)。
今田耕司(1994年7月初登場、1996年10月-最終回)

2枠(黄緑→紫)

田中律子(初回-1991年3月、1996年10月以降もゲストとして出演)
千堂あきほ(1991年4月-1995年10月)

1991年-1992年頃、ゲスト出演した和田アキ子が2枠席につき、千堂あきほが4枠席(青緑)についたことがあったが、1993年以降は和田アキ子が出演しても千堂は2枠席、和田は4枠又は5枠席(黄)についていた。

加藤紀子(1994年11月初登場、1995年10月-1998年10月、1998年11月以降は準レギュラー)
レギュラーになって間もない1995年秋頃には山咲千里が2枠席につき、加藤が4枠席についたことも。また、北野大が2枠席につき、加藤が3枠席(ピンク席)についたこともあった。1998年11月以降、毎週の出演はせず、準レギュラー的な出演頻度となってから、加藤が出演しない回は女性ゲストの誰かが2枠につく。特に、中山エミリが2枠につくことが多くなった。

3枠(ピンク→橙色)

俵孝太郎(初回-1995年3月、1995年は時々出演しないこともあった)
北野大(1994年6月初登場、1995年4月以降はほとんど準レギュラーとして出演、1999年頃はあまり出演しなかった)

V6(1996年4月初登場、1998年4月からはレギュラー放送時は毎週登場するようになる。年少組3人は「Coming Century(カミセン)」、年長組3人は「20th Century(トニセン)」としても出演。つく枠はまちまちだったが、1999年3月より3枠につく。3枠に常時つくようになった頃は既にパネラー席の配色が逆転した後で、3枠は橙色になっている。)

最後尾

間寛平(1991年3月-最終回、後期まではゲストパネリストがグループで出場する場合は最後尾から2番目)

最後尾の席なので、解答者の人数が増えるに連れて席の色が黄→橙→紫→朱色→青→赤→緑というように変化している。レギュラー解答者で席の色が変わるのは彼のみである。また、マジカルアートの絵があまりに下手だったので、番組を2回欠場するということもあった。実際に番組内でも語られていた。最終回前の1999年9月9日放送では最後のゲームにおいて最初で最後の1000点を突破する快挙を達成した。

4枠は本来ゲスト席であったが、1996年春頃からは麻木久仁子が事実上の準レギュラーとして、3枠又は4枠についていた。

ゲスト解答者

ゲストパネリストの解答席の位置は、4枠から最後尾の席の隣までだった(TOKIO・V6・MAX・SPEED・ダチョウ倶楽部などがグループで1チーム扱いされた場合は最後尾が優先された)。1995年4月からは3枠又4枠から最後尾の席の隣まで、1998年10月からは2枠又3枠から最後尾の席の隣までだった。

SMAP(※1994年-1996年3月までほぼ隔週出演。中居正広・木村拓哉・稲垣吾郎・草剛・香取慎吾は単独出演の時もあり)。
TOKIO(1995年-1997年頃にほぼ隔週出演。SMAPが反対番の時は2人1組、V6が反対番の時は1人)。
山咲千里
松村邦洋
松本明子
中山秀征
西田ひかる
中山エミリ
辺見えみり
ラサール石井
飯島愛
早坂好恵
清水圭
風見しんご
久本雅美
麻木久仁子
定岡正二
ダチョウ倶楽部
佐藤藍子
ヒロミ
諸星和己
池谷幸雄
和田アキ子
東野幸治[4]
高田純次
森口博子
瀬川瑛子
小松千春
江川卓
川合俊一
関根勤
高橋英樹
田中律子
安達祐実
荻野目洋子
有賀さつき
千秋
さとう珠緒
山田花子
安藤和津
原千晶
遠藤久美子
藤谷美和子
マルシア
酒井法子
松本伊代
保阪尚希
河相我聞
西村知美
安西ひろこ
観月ありさ
宝生舞


パネラー席の変遷


番組放送開始から1992年4月までは5席、1992年5月から1993年10月までは6席(1992年7月4日放送分は5席だった)、1993年11月から1994年末までは7席、1995年1月から1999年初めまでは8席、1999年2月から番組終了までは9-10席と、放送回が進むごとに増えていった。

パネラー席の色は1枠■青、2枠■黄緑、3枠■ピンク、4枠■水色、5枠■黄色、6枠■橙色、7枠■紫、8枠■朱色、9枠■赤、10枠■緑となっていた。ただし、9枠以降は8枠までのパネラー席の配色がまったく逆になった後増設されたものである(後述)。また1997年1月30日・2月6日放送分は3枠■水色、4枠■ピンクで、1995年3月16日・1997年4月17日・4月24日・5月8日放送分は4枠■黄色、5枠■水色と入れ替わっていた。放送開始から檻が出てくる1991年11月以前は4枠は■黄色、5枠は■青緑とそれ以降と逆で、また3枠ももっと■赤色に近い色であった。

ネームプレートは、黒地に白で名前が書かれていた(ただし、第1回のみ白地に黒だった)。パネリスト席に檻が設置されたときは名前の下にローマ字表記があり、パネリスト席から檻がなくなるとローマ字表記が削除され、末期は苗字だけ・名前だけ・フルネームとばらばらになった。

放送開始当初はパネラー席の下に書き問題解答用モニターが装備されていた。バックは黒で白字で表示され、視聴者には画面が浮き上がってくるように表示される。席に檻が出るようになった後も装備されていたが、1992年に書き問題がなくなるとその部分は「MAGICAL roulette system」と書かれた赤い早押しランプに変わった。早押しランプは1993年5月に形が変わり、「roulette system」の文字が消え、「MAGICAL」のみになった(その理由は下記参照のこと)。

パネリスト席に檻が出ていたころは、得点ボードが2つ装備されていた。これは、1つだけだと居残り早押しクイズでパネラーが起立しているときには得点が見難いためで、1992年2月から大きい得点ボードの上に少し小さい得点ボードをつけ、パネラーが起立しているときでも得点が見やすいようにした。

正解すると上の得点ボードで得点が精算され、下の得点ボードに表示される仕組みになっていた。なお檻がなくなるとセットが高くなったことと回答者席の後ろにグラフィカルな表示をするLED式のパネルが装備されたことで、得点ボードが1つだけでもパネラーが起立しているときにも得点ボードが見やすくなったため、2段式得点ボードは廃止となった。

1993年10月30日と11月13日放送分は、檻付きのパネリスト席で7枠という、珍しい形態であった。これは、視聴者代表小学生枠を設けるためである。

1993年12月には大幅にセットチェンジされ、ボックスが上下に動くタイプになった。居残り早押しクイズで正解するとボックスが上がり、ヘッドホンはボックスの下に引っ掛けるようになっていた。このセットは1998年7月23日放送分までとおよそ4年半にわたって続くことになった。なお「マジカルバナナ」が登場されてからはボックスにマイクが付いた。また、1996年7月4日放送分からはパネラー席の上に色に合わせたランプが装備された。当初パネラーが座るイスは青いソファーであったが、1995年1月に8席に増席されてから普通のイスになった。

1998年7月30日放送分からはさらにセットがチェンジされ、先代よりコンパクトな感じになった。初めは解答テーブルがあったが、末期はパネラー席で行うクイズがほとんど無かった関係もあり、解答テーブルも廃止された。また司会者席の配置などが変わったため、パネラー席の配色が1枠■朱色、2枠■紫、3枠■橙色、4枠■黄色、5枠■水色、6枠■ピンク、7枠■黄緑、8枠■青と、今までと配色がまったく逆になった。また、1999年2月25日放送分から9枠■赤、3月11日放送分から10枠■緑と増設されている(10枠増設以降も9枠までの週が8月5日放送分まで時々あった)。

番組初期は、例えばスペシャル『大マジカル頭脳パワー!!』で各チーム代表者による早押しの時など、パネラーの言う答えが正解、不正解に関わらず流れていたが、後年は正解を言った時に限り「ナイショ」の文字とともに解答者の声が隠されるシステムになった。

大マジカルスペシャル時はレギュラー全期間・2001年の復活SPの全てひな壇上の回答席にパネラーが座っており、チーム中1人が参加する個人戦時のみ、通常のセットを使用していた。個人戦用の通常セットのネームプレートにはそのパネラーがいるチーム名が書かれていた。


スペシャル

大マジカル頭脳パワー!!スペシャル

春や秋・年末年始にはスペシャル版『大マジカル頭脳パワー!!スペシャル』が放送されていた。

通常時と異なり、スペシャルではチーム戦となる。参加チームは最初6チームだったが、1991年秋と1993年秋のスペシャルは7チーム、1995年春のスペシャルから8チームに増えた。

最初はチームは3人1組で(1991年秋は所ジョージ1人だけの所チームがあった)チーム名はメンバーに合わせたネーミングだったが、1994年から「本命」「対抗」「名門」「絶好調」「一発逆転」「大穴」という競馬用語のようなチーム名になり、同時にチーム名も成績別編成になって人数がチームごとに異なるようになり、「本命」チームは所ジョージ1人だけということもあった(1995年秋からは、所ジョージが圧倒的に強過ぎるため、ハンデとして番組で最も正解率の低い松村邦洋が本命チームに入ることが定着)。1995年春からは、これに「一番人気」と「要注意」が増え、8チームになった。

1997年になるとどのチームも3-4人に固定されるようになった。ただし、一番人気チームは5人以上の回もあった。一番人気チームは毎回SMAP、TOKIO、V6とジャニーズ事務所所属のタレントで構成されていた(回によって全員出演する回と数名欠席している回がある)

なお、一番人気チームは2001年の復活スペシャルでは「絶好調」チームとなっており、ジャニーズ枠が撤廃されている。また、絶好調チームのあった5席目は「気合十分」チームとなっていた。

また、1993年10月9日の放送では、厳しい予選を勝ち抜いた「視聴者参加小学生」、「10代」、千堂率いる「20代」(20代は男女別)、所率いる「30代」、寛平率いる「40代」、俵率いる「50代」(50代チームは60歳以上も含まれる。俵は当時すでに60代だった)の世代ごとにチーム分けしたスペシャルもあった。

書き問題の解答は通常、バックは黒・白字で表示されるが、スペシャルの場合のみ水色バックに黒字で表示された。

優勝チームには優勝賞金として100万円が渡された。ただし、初期ではメンバー全員で割り切れるように数円の端数(1,000,002円、1,000,005円など)があった。また、2チームが並んで優勝したことが数回あったが、その場合は決勝戦は行わず、両チームに100万円ずつ渡された。また、1997年春は優勝賞金が200万円であった。

その他のスペシャル

90分スペシャル

この場合は回答者がペアを組んで1チームとなる。ただし、1994年冬・1995年春は単独だった。90分スペシャルではトップ頭脳賞はレギュラー放送に準じ(日本信販のギフトカード20万円分)、マジカルミステリーツアーは2000点でペアで招待という方式だった。

あるなしスペシャル

1992年に放送された、あるなしクイズをメインとしたスペシャル。このときは2チーム対抗戦で、夏は「所チーム」対「板東チーム」で、秋には女性軍(リーダー和田アキ子紅組)対男性軍(リーダー所ジョージ白組)で、それぞれ開催された。勝利チームは夏は所チーム・秋は白組と、いずれも所ジョージが所属するチームの勝利に終わった。優勝商品は夏は賞金1,999,998円、秋は松茸100万円分だった。

木曜スペシャル 史上最強クイズ番組決定戦 クイズ世界はSHOW by ショーバイ!! VSマジカル頭脳パワー!! 夢の対決!!

1993年に当時、逸見政孝と渡辺正行が司会を担当していた同じ日本テレビ系の看板クイズ番組『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』チームとの対決特番。両番組の司会者・出演者・セット・問題が登場した(ただし得点システムは『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』に準じた)。結果は『マジカル頭脳パワー!!』チームが勝利し、逸見が罰ゲームとして、同年7月3日に放送された『マジカル頭脳パワー!!』に解答者として登場した。

スーパークイズスペシャル(1996年秋まではクイズスーパースペシャル)

春と秋の改編期に行われた、日本テレビの番組対抗スペシャル番組。通称「4時間クイズスーパースペシャル」。日本テレビのさまざまな番組から問題が出題され、その中に『マジカル頭脳パワー!!』からのクイズもあった。当初は『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』をメインとした内容だったが、1995年春からは『マジカル頭脳パワー!!』がメインとなった。

最終回スペシャル

最終回となった1999年9月16日放送分では、人気が高かったクイズ上位20種類を発表する「マジカル人気クイズランキングベスト20」や過去の名珍場面で9年間を振り返った(クイズは出題されなかった)。また、既にレギュラー解答者を卒業していた所ジョージが『スーパークイズスペシャル』の収録の休憩時間に「いじわる実験室」で過去に出題された問題に挑戦したVTRも放送された(スタッフは所にもっとたくさんの問題を用意していたようだが、所は「こりゃ、まいった。」という感想を残して途中でスタジオから退出していったため、用意した全ての問題を出題することはできなかった)。なお、スペシャルと題されているが放送時間は通常通りの約1時間であった。

スーパースペシャル2001 マジカル頭脳パワー!! 21世紀芸能界No.1頭脳決定戦スペシャル!!

番組終了から2年3か月ほど経った2001年12月29日、「マジカル頭脳パワー!!」の復活スペシャルが放送された。前半30分間には『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』など20世紀中に日本テレビで放送されたクイズの名場面を振り返るシーンもあった。さらにセットもこの回のために新しく作られ、クイズは全盛期の内容が多かったが、「あるなしクイズ」(2問)・「立体文字クイズ」・「マジカルスキャナ」の3つの居残り早押しクイズもあった。チームはレギュラー時代同様8チームだったが、「一番人気」チームは「絶好調」チームに、「絶好調」チームは「気合十分」チームに変わり、残りはレギュラー時代と同じ。クイズルールはレギュラー時代と同じだったが、ルールがレギュラー時代途中で変わったものは新旧ルールが混在し、「マジカルプッシュ」はゴング後の文章は「…ではなく」調ではなく、「マジカルシャウト」ではトーナメント制度が復活するなどリニューアル前の内容があった一方、「エラーをさがせ!」ではエラーの数は5個、「シャッフルクイズ」が「マジカルシャウト」の問題に移行するなどリニューアル後の内容だったクイズもあった。所ジョージの頭の切れのよさも健在であり、同じく本命チームに属していた松村邦洋にとっては初めての優勝となった。

2005年8月28日放送の『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』の「懐かしの名番組 夜の同窓会スペシャル」内で10分間程度生放送され、司会者であった板東英二もクイズに参加した。内容はマジカルバナナで司会は爆笑問題。セットも簡易ながら当時のセットを思い出させるものであった。

クイズ・ゲーム

全部で252種類のクイズ・ゲームが開発された。1回登場しただけで終わったものから数年間続いたものまであり、クイズ・ゲームの種類も多岐にわたった。


エピソード

初期の頃の放送での「恐怖の居残り早押しクイズ」において、和田アキ子が正解して檻が開く際に檻の一本を外してしまった。檻のセットは初回登場時にも棒が外れたことがあった。

また同じタレント早押しクイズで中島啓江が出題した際、所ジョージが出題前にいきなりボタンを押し、「問題と答えがあったら、500点くれますか?」と板東に提案したが、不正解で、「20点減点です。真剣にご覧下さい」と言われた。ただ本編では早々に正解を出した。

これに限らず、所ジョージは早押しクイズでは後述するように問題が出る前にいきなりボタンを押すことがしばしばあった。

番組中期、収録中に突然所ジョージが「トイレに行く」といったハプニングがあった。

「超瞬間お手上げクイズ」初登場時に、「板東さんを嫌いな人」という問題に対し所ジョージだけが手を上げて「やったー俺正解だ」とはしゃいでいた。

ある問題で「私は赤い眼鏡と黄色い眼鏡と青い眼鏡をしています。さて私は誰でしょう?」とうものが出されて、回答者は「信号機」と答えた。しかし正解は森功至本人であり、なかなか正解が出ないため森本人が(声優としては珍しい)顔出しで説明した。

ゲストパネラーとして当時子役タレントだった有田気恵が出演した回で、居残り早押しクイズの中でプラスの点数を獲得できたら欲しい物をプレゼントするということになり、折り紙を希望した。なかなかプラスの点数が獲得できないでいたが、最後のチャンスである、あるなしクイズでついにプラス20点を獲得した。最初は、司会の板東がプレゼントするという話だったが、所ジョージがプレゼントするように板東が話を変えてしまった。

くっつきバトルロイヤルで「お尻に(んこ)が付く言葉、食べ物は禁止」という問題の時に回答者の所ジョージが「わんこ」と答えて不正解になりかけた。「実際にわんこは、わんこそばを食べる時に使う器のこと」所ジョージは「わんこを食べるのか?」と答えていた。

マジカルバナナで所ジョージの番になったが、当の所はセットの花を眼鏡に飾り付けて遊んでいたため、自分の番だと気づかずにアウトになったことがある。

初期の筆記問題では多くのパネラーから数々の珍解答が生まれたが、特に間寛平は際立っていた。それゆえ、後述するように名解答となり、他のパネラーからほめられることも少なくなかった。

名解答

「マジカルコインいち文字クイズ」、「穴埋めワードクイズ」、「シャッフルクイズ」で出題VTRが出された瞬間(問題が表示されるより前)に所ジョージが正解。

「タレント早押しクイズ」で「腐った机は何になる?(正解は、つくえから「く」が去ったため「杖」)」という問題に対し、なぞなぞを得意としていなかった俵孝太郎が1番手で即座に正解。場内大歓声。

超瞬間お手上げクイズで「逆立ちをしたら頭が一番下に来る」という問題で寺門ジモン以外全員が手を上げて他のメンバーから徹底的に叩かれて、場内も大爆笑となった。しかし、逆立ちをした場合頭ではなく体を支える手が一番下に来るため寺門ジモン一人だけが正解ということになり、寺門ジモン本人は、しばらく状況がのめず唖然としていた。

2001年の復活スペシャルの時のスペシャルバナナで、最後所ジョージと勝俣州和の一騎打ちとなり「西と言ったら東」と言う問題で勝俣が「東と言ったら少年隊」と予想外の答えを出して、マジカルバナナを得意とする所ジョージ相手に見事勝利をおさめた。

「1円玉、5円玉、10円玉、50円玉のうちで明日の天気が当たるお金は?(正解は、公衆電話で天気予報を聞くことができる10円玉)」という筆記問題に対し間寛平が1円玉(1円玉の縁と1と描かれたものを天気記号の晴れと見立てた)と解答。場内は拍手と歓声でわいた。ボーナスとして本来の120点の2倍となる240点を獲得。

「マッチ棒でできた18=244という間違った数式を、マッチ棒をできるだけ少なく動かして正しい数式にするには?(正解は、8を日とし、右端の4の右上のマッチ棒を左下に縦につけてhと見立て、1日=24hとする)」という筆記問題に対し間寛平が「IQ=244(左端の1をIと見立て、8の真ん中の横棒を右斜め下に右下につけてQと見立てる)」と解答。スタジオから拍手が送られ、ボーナス200点獲得。

「くっつきバトルロイヤル」では番組スポンサーの商品が答えが出たことがあった。まず「頭に『でん』のつくもの」で山咲千里が「デンターライオン」と解答。次に「真ん中に『な』のつくもの」で飯島愛が「オロナイン」と解答し、他にも「真ん中に『お』のつくもの」で「ラ王」と回答した。

珍解答

筆記問題で「バラバラにすると重くなるのは?(正解は、千円札などの紙幣、両替することにより小銭になるため重くなる)」という問題に対し、ゲスト解答者の安部譲二が本来の正解に加え、「死体、殺すだけでも十分重いのにバラバラにすることによりさらに罪が重くなる」と解答。

「洋服がすごく安いので買いにいったら店の人に「ここには売るものはありません」といわれた。何故?(正解は、この店がクリーニング店だったため)」という書き問題に対し間寛平が「ここには、ううる(ウール)ものはない」と解答。ボーナス100点獲得。

「しりとり2文字バトル」で後ろ2文字に「ちん」がついた時、間寛平は「ちんこ」と言ってしまい、下ネタとしりとりが繋がらないことでアウトになった。

「おぼえてしりとりバトル」で、加藤紀子は「し」の付く単語(正解は「しじみ」)が思い出せず、「しみ・そばかす」と答えてアウトになった。

「マジカルチェンジ」で、山咲千里は「でんち」と言う字を一文字変える時に「ちんち」ときわどい単語を言ってしまい、アウトになった。

「マジカルミルク」で今田耕司は前の人が出したお題「ばなな」の逆さ読み「ななば」を次の人へのお題としてそのまま引き摺って、「ななばと言う字を逆さに読んで…」と言ってしまったことがある。また同じ回で西田ひかるも「こころ」の逆さ読み「ろここ」を「ろここと言う字を逆さに読んで…」と次のお題として引き摺ってアウトになったこともあった。

「マジカルミルク」で、「マジカルチェンジ」とリズムが似ているため、20th Century(トニセン)が「かんなという字を逆さに読んで」を「かんなという字を一文字変えて」と言ってしまい、アウトになった。

「くっつきバトルロイヤル」で、テーマが真ん中に「ぐ」のつく言葉が出題の時、所ジョージは「野グソ」と言ってしまったが、食事中の視聴者のことを考慮し、アウトにされた。

「ダブルしりとり」で、加藤紀子が「すし・しらす」と言うがリズムに乗れずにアウトになるが、その後に北野大はそのまま「すし・しらす」と同じ言葉を言い、ルール上アウトにはならなかったが、加藤紀子に怒られた。また、翌週の「マジカルバナナ」でも加藤紀子が「日の出といったらのぼる」が言えずアウトになったが、その後に北野大はそのまま「日の出といったらのぼる」とまた同じ言葉を言い、ルール上アウトにはならなかったが、これまた加藤紀子に怒られた。

「マジカルスキャナ」で、飯島愛は物体の名前(エキスパンダー)が分からずに「(手で)こうやるやつ」とジェスチャーで正解してもらったことがあった。

「イラツキ早押しマジカルスキャナ」でカリフラワーを映し出してる時に所ジョージが名前を度忘れしてしまい何度も「ブロッコリーの白いの」と答えていた。そして板東英二から「始めに『か』がつきます」とヒントを貰っても「缶詰になったブロッコリーの白いの」と答えていた。

「マジカルシャウト」の「超インスピシャウト」で「頭に『さ』のつく鉄棒ですること」(正解は、逆上がり)という問題に対し所ジョージが「さしみ回転!!」と答えていた。

「エラーを探せ!」で所ジョージが1000点を目前にしている時、それを阻止しようと松村邦洋や他のパネラーが次々といい加減な誤答(存在しないエラー)を繰り返し、「(ボタンの)カチャカチャはやめろ!」と所ジョージに怒られた。

「マジカルアクション伝言バトル」で所ジョージが、直前の解答者であった俵孝太郎の仕草を完全に真似したため、彼以降の解答者が「俵さんが○○している」というお題だと思い込み、そのせいで所以降の全員が不正解になったことがある。

「音楽リップ伝言バトル」で、お題が「指きりげんまん」のとき、所ジョージが「指きった」の部分を「これがウソなんだけどな」と言って答えた。しかし、そこまでは正しく歌ったので正解とみなされた。

「音楽リップ伝言バトル」で、お題が「ソーラン節」のとき、最後の手前では100%伝わっていたが、解答者の上島竜兵だけが「おおブレネリ」と勘違いしてしまい、100点を逃した。

「音楽リップ伝言バトル」で、お題が西城秀樹の「ブーメランストリート」のとき、「ブーメラン ブーメラン」の部分が「むーろらん むーろらん」に変わってしまったが、節が似ていることに気付いた清水圭は「ブーメランストリート」と正答し、誤って伝わった分を取り返した。

後期のなぞなぞで「海外旅行に行く場合は、必ず空港でパスポートを見せなければならない(正解は、船で行く場合は港で見せる)」という問題に対し「犬や猫にはパスポートが無いのでペットの分は見せなくても良い」と解答。テロップで「動物のことは言ってません!」と流れた。

復活スペシャルでの「マジカルリップ伝言バトル」で「ハリー・ポッターと賢者の石」を伝えていたところ、途中から「ハリーポッタの電車」に変わってしまい、その後何故か所ジョージが「アイモテキタノデンビダ」と意味不明な言葉を伝えてしまうが、次の回答者松村邦洋にも「アイモテキタノデンビラ」と、最後の文字以外が見事に伝わっていた。

「もしもし桃太郎」で、今田耕司は「桃太郎」のワンフレーズ『おこしにつけた きびだんご』の部分を「うさぎとかめ」の『あゆみののろい ものはない』のメロディで歌ってしまうという間違いを3週連続で繰り返したことがある。

くっつきバトルロイヤルで「真ん中に(る)が付く言葉。食べ物は禁止」という問題の時に回答者の所ジョージが「しるこ」と答えてしまいアウトとなった。その後所ジョージは「あれ食べ物か、のどに入れるものかと思った」と答えていた。

マジカルバナナで「養殖」という問題の時にゲスト回答者のTOKIOが「養殖と言ったらテリア」と答えてしまうアウトとなった。その後「養殖」と「ヨークシャ」を勘違いしていたことが判明。

マジカルバナナで「赤外線と言ったら紫外線」という問題に対し回答者の間寛平が「紫外線といったらビビビビビ」と答えてアウトとなった。テロップには「意味がわからないのでアウト」と書かれていた。

マジカルバナナで「貰うと言ったら感謝」という問題に対し回答者の北野大が「感謝と言ったら機関車」と答えてアウトとなった。テロップには「ダジャレなのでアウト」と表示された

マジカルバナナで「日本の歌と言ったら美空ひばり」と言う問題に対し回答者の北野大が「美空ひばりと言ったら愛、さんさんと~♪」と答えてアウトとなった。テロップには「歌っただけなのでアウト」と表示された

初期のころのマジカルバナナで「足といったらスネ」という問題に対し回答者の今田耕司が「大人になったらスネから毛が生えた~」と叫びアウト。テロップには「ルール無視!アウト」と表示された

マジカルバナナで、「かけっこといったらテープ」というお題に対し、今田耕司が「テープといったらキャー!!」と叫んでアウトになった「叫んだだけなのでアウト」とテロップで表示

2001年の復活スペシャルでのスペシャルバナナで「ストローと言ったら細い」という問題で回答者の石塚英彦が「細いと言ったら石塚君」と答えて「本人の思い込みなのでアウト」と表示された。

「俵孝太郎・所ジョージ・板東英二・木村優子の4人で自転車競争をしたところ、板東英二がビリとなったのは何故?(正解は、板東英二には「こ」がない、つまり自転車を漕がないから)」という筆記問題で所ジョージと俵孝太郎と間寛平が板東英二を馬鹿にする解答をした。これが板東の逆鱗に触れたのか、3人とも減点された。(逆に、千堂あきほと、ゲストの城戸真亜子にはボーナス点が加われた。)

問題などの間違い

「マジカルシャウト 似たもの三択」で「ミッキーマウス・ドラえもん・ポパイ・この中でガールフレンドがいないのは?」という問題で正解が「ドラえもん・ドラミちゃんは、ガールフレンドではなく妹」となっていたが実際にドラえもんには「ミーちゃん」という猫のガールフレンドがいるという抗議があった。

「いじわる実験室」で「アメリカから日本まで泳いでくる魚がいる。○か×か」という問題で、正解は「船や飛行機でアメリカから日本まで輸入する場合、水槽などの中に入っているのでその中ではずっと泳いでる」とされていたが「その場合、泳いでくるではなく泳ぎながら来るでは?」という抗議があった。

「超インスピシャウト」で「頭に「の」のつく新幹線」と出題され、回答者が「のぞみ」と回答して正解になった時、イメージ映像に誤って当時のひかり号(100系)の写真が表示されたことがあった。この時の放送は特番であったため、再放送もされたが、その時にはイメージも当時ののぞみ号(300系)に修正されていた。

スタッフ

ナレーター:森功至、来宮良子
演出:五味一男(中期以降、総合演出)/小杉善信
ディレクター:松井昂史、舟澤謙二、佐野譲顕/鈴木豊人、小沢太郎、瓜生健、中西健、石尾純、小林正純、長澤快之
構成:豊村剛、新田英生、妹尾匡夫、花輪如一、そーたに/今村良樹、長田聖一郎、内海邦一、川野将一、兼上頼正ほか
問題作成:雅孝司(初期時代)、オフィスゲイム、writers office、ペンハウス、*D N P*ほか
問題監修:多湖輝、芦ヶ原伸之、小野寺伸(いずれも初期時代のみ)
プロデューサー:渡辺弘(日本テレビ)、菅原正豊(ハウフルス)/佐野譲顕、面高直子(日本テレビ) 日原直子(ハウフルス)
チーフプロデューサー:渡辺弘、佐野譲顕

エンディングテーマ

『きりがない』(セメントミキサーズ) 1990年10月27日-1991年3月30日(注)
『不思議ね…』(ZARD) 1991年4月20日-1992年1月25日(注)
『誰かが待ってる』(ZARD) 1992年2月1日-1992年10月10日(シングル化はせず、アルバム「HOLD ME」に収録)(注)(O)
『君にTRY AGAIN』(BLUE ANGEL) 1992年10月24日-1993年9月4日
『暗闇から手を伸ばせ』(小沢健二) 1993年10月9日-1994年3月26日
『LIMIT』(横山輝一) 1994年4月7日-1994年9月22日
『CRAZY FUNKY DOWN』(林田健司) 1994年10月13日-1995年3月16日
『虹 (Mojo Mix)』(電気グルーヴ) 1995年4月6日-1995年9月14日
※1995年10月以降は週代わりで洋楽のヒット曲を流していた(『I Was Born to Love You』(Queen)など) 。

(注)筆記問題の考え中やクイズの視聴者投稿のジングルはその曲の編曲部分をマジカル風にアレンジしている。
(O)また、木村卒業回の後クレジットではこの曲のピアノバージョンにアレンジした。

アーケードゲーム

この番組を元にしたアーケードゲームがセガから販売されていた。筐体は最大3人まで遊べるようになっており、画面と各プレーヤーの押しボタン、それに可動マイクという構成になっていた。

クイズは番組と同様のものが用意されており、

いち文字クイズ
立体文字クイズ
似たもの三択
映像シャウト
まぎらわしい三択
ないもの探し
穴うめシャウト
早押しエラーをさがせ!
などの問題が出題され、答が分かったプレイヤーは自分の押しボタンを押して回答する。

この問題形式とマイクが用意されていることから分かる通り、このゲームには音声認識が搭載されており、プレイヤーが答えを発声して回答するようになっていた(番組と違い、シャウト系問題でもボタンを押さなければならなかった)。また番組に習い、ボタンを押すまで頭脳指数がカウントダウンされるので、なるべく早めに回答する必要があった。

誤答や、ボタンを押したのに認識できる音声が入力されなかった場合にライフが半分減る。音声認識率は高めではあったが100%ではなく、誤認識によるライフ減少も時々発生した。

ゲームは複数のステージを順にクリアする形式になっており、各ステージでは1つの問題形式の問題が一定数出題され、全問終了時にその問題形式で獲得できた頭脳指数の合計(複数人でプレイした場合は全員の合計)が基準を下回った場合はライフが一つ減る。ライフを全て失うとゲームオーバー(コンティニュー可能)、全てのステージを終了するとクリアとなる。なお最後のステージは番組同様「早押しエラーをさがせ!」となっている。

このゲームには4つのコースがあり、各コースをクリアすると次のコースをプレイできる「合い言葉」が表示された。コースには合い言葉不要の通常コースの他、「マジカルコース」「頭脳コース」「パワーコース」とあり、後ろのコースほど難易度が上がっていた。各コースの選択はゲーム最初の練習で合い言葉を発声することによりそのコースで遊べた。「パワーコース」をクリアするとエンディングが見られた。


番組ロゴ・オープニング

ロゴの色

1990年 - 1999年レギュラー放送、2001年復活SPともに全て当初からのものを使用。ただし、色は放送開始からしばらくは■銀色、1998年7月のリニューアルからレギュラー終了までは■青、復活版では■紫色と異なっていた。


オープニングの違い

レギュラー・2001年復活SPまでの全期間、ロゴ自体と背景がCGではなくスタジオ全体であることは変わらず、BGMも1990年開始当初から変わらずに使用されていた。しかし、ロゴのアニメーションは1993年12月に変更され、2パターンが存在した。

第1期:1990年10月-1993年11月

銀色の板のような物体が登場した後、レーザービームによって徐々に「マジカル頭脳パワー!!」のロゴが作り上げられるもの。

第2期:1993年12月-1999年9月

パネラー席が上下ボックス式になったのを期に変更。上から「マジカル」、下から「頭脳パワー!!」の文字が同時に出てくるものへと変更された。

関連番組

本番組と類似したコンセプトの番組

サルヂエ
ロンQ!ハイランド
脳天イライラクイズ
脳内エステ IQサプリ(フジテレビ系列)
IQエンジン(フジテレビ系列)
クイズ!ヘキサゴンII(フジテレビ系列)
パロディ

2年越し!超超興奮!仰天"生"テレビ!!内「どんまい!!煩悩バラエティー!!」 - 当番組のパロディー「マジカヨ!煩悩パワー!!」があった。

ダウンタウンのごっつええ感じ - 当番組のパロディーコント「マニカル頭パワー!!」があった。

ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! - 当番組の企画で、板東英二と木村優子の変装をしたダウンタウンの二人がオープニングに乱入したことがあった。

エンタの神様 - 陣内智則のコント「パワフル頭脳ゲーム」があった。
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