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堂本剛



堂本剛

堂本 剛(どうもと つよし、1979年4月10日 - )は、奈良県奈良市出身のアイドル、歌手、俳優、タレント、シンガーソングライター。ジャニーズ事務所に所属するKinKi Kidsのメンバー。 血液型AB型。愛称はつよ、つよちゃん、どつよ。身長166cm。堀越高等学校卒業。 KinKi Kidsの相方・堂本光一と名字が同じなのは偶然で、血縁関係は無い。

参加ユニット
KinKi Kids
J-FRIENDS
トラジ・ハイジ
他 ジャニーズ関連プライベートユニット

来歴

子役時代
ジャニーズ事務所入所以前(小学校1年~6年)は、大阪市北区にある児童劇団『劇団アカデミー』に所属し、堂本直宏(なおひろ)の芸名で子役として舞台・ドラマ・CMなどに出演していた。北島三郎の舞台では親子役で共演したり、事務所入所前に「堂本直宏」として国分太一などの一部のジャニーズタレントと共演した等のエピソードがある。ちなみに「直宏」という芸名の由来は、姉の初恋の人の名前から。

ジャニーズ入所後
母と6歳上の姉が、本人の知らない間に履歴書をジャニーズ事務所に送った事がきっかけで、1991年5月5日に堂本光一と共に事務所入り。
1992年、堂本光一と2人でグループを結成。
1993年4月4日、ABCテレビ『KISSした?SMAP』にて初めて「Kinki Kids」のグループ名を発表(当時はまだ“K”の表記が全て大文字ではなかった)。
KinKi KidsとしてCDデビューする以前から、いち早くドラマの主題歌でソロの楽曲を披露していた(当時の歌は『A album』に収録されている)。
1997年7月21日、『硝子の少年』でCDデビュー。
2002年5月29日にソロCDデビュー。ソロシングル・アルバムとも、ほぼ全ての曲を自身で作詞・作曲している。
2005年には、TOKIOの国分太一とともに期間限定ユニット「トラジ・ハイジ」でも活動。
同年12月よりENDLICHERI☆ENDLICHERIというソロプロジェクト活動を開始した。シングル『空が泣くから』でソロでは通算5曲連続初登場首位獲得。オリコンシングルランキングにおいて、名義違いでの1位獲得数が最多の一人である(5名義:KinKi Kids、堂本剛、J-FRIENDS、トラジ・ハイジ、ENDLICHERI☆ENDLICHERI)。
2006年10月19日、初ソロ写真集『正直I LOVE YOU』を発売。

人物

性格
本人は、「“芸能人”というよりも、“一人の男性”として、生活をしていきたい」、「自分のありのままを見せ、その姿を好きになってもらうことで、自分とファンの関係に意味が出てくる」という考えを持っている。よって、時には過激な格好やヘアスタイルをしたり、ライブMCで自分の率直な本音を語るなど、通常のアイドルから逸脱した行動を行なうことがよくある。だがその本音を語る部分や独特のファッションスタイルに対し、最近では男性からも少なからず支持を集め出している。

相方との関係
相方の光一との共通項は、家族構成、姉が履歴書を送ったことが事務所入りのきっかけであること、人と目を合わせるのが苦手(特に女性とは)なことなど。
基本的にボケ側であるが、相方の光一が天然ボケなために番組内ではツッコミをしなくては収拾が付かない場合が多々ある為、最近ではボケとツッコミをその時々でこなすようになった。
タッキー&翼が『堂本兄弟』に出演した際、堂本剛のイメージを聞かれ今井翼は「ベストジーニスト」、滝沢秀明は「クマのぬいぐるみ」と答えた。
KinKi KidsのライブMCでは突然ドラムやキーボードの演奏を始めたり、ボクシングパフォーマンスを始めたりと自由な行動が多い(相方の光一は「君は本当に自由やな!」「俺はどうしたらええんや」などと文句を言いつつも、大概はニコニコしながら眺めている)。

特技
バスケットボールが得意。自身の冠番組である「正直しんどい」では、経験者の山里亮太や安田美沙子らと共にしんどいチームとして何度か試合もしている。
イラストを描くことが得意。著書やオフィシャルグッズ、『新堂本兄弟』『堂本剛の正直しんどい』などで披露しているほか、ENDLICHERI☆ENDLICHERIのシンボルキャラクター「Sankaku」もデザインしている。1枚目のアルバムROSSO E AZZURROのジャケットイラストも手がけており、自身でデザインやプロデュースしたライブグッズ等も多い。
ものまねが得意で、『(新)堂本兄弟』でチャン・ドンゴンが叫んでいるCMの物真似を披露していた。また、ダンカンをバカヤロウ!と叱るビートたけし、若井おさむ(アムロ)、ペ・ヨンジュンもレパートリー。その他ライブMCなどで様々な物真似を披露している。

趣味
釣りが好きで、撮影の合間やプライベートでスタッフと釣りに行くことがある。しかし多忙で行けなくなり、そのため魚を家で飼い始めた(本人談)。
お笑いが好き。特にダウンタウンの大ファンで、ジャニーズ事務所に入る以前の小学校の頃は、吉本興業への進路を希望していた(『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』にて)。本人の意向かは不明だが、『正直しんどい』や『堂本兄弟』にもお笑い芸人のゲストが多い。
とても動物好きである。虫以外の動物(哺乳類、爬虫類、魚等)を見るとコミュニケーションをとろうとする。虫も、怖いとか触れないということはない。
漫画好きで、『ろくでなしBLUES』に登場させてもらった事がある(作者の森田まさのり氏は『正直しんどい』のオープニングにアニメーション用イラストを提供している)。他には『ドラゴンボール』も好きで、『堂本兄弟』で作者の鳥山明について語ったり、ラジオなどでドラゴンボール絡みのネタを話すことも少なくない。

愛郷心
故郷の奈良をこよなく愛する。ENDLICHERI☆ENDLICHERIのアルバム名(ライブ名)が「NARA」の折句になっていたり、「奈良は自分の原点」「老後は奈良に帰ってお寺巡りをしたい」「奈良の大仏の前でいつかライブをしたい」「楽曲を作るときのイメージや哲学を思うとき、いつも奈良が顔を出してくる」と奈良にちなんだ発言も多い。迷った時も、帰郷して空気を入れ換え、仕事に戻ることがある。
2008年、自身の初奈良公演、なら100年会館(奈良県奈良市)でのライブが決定した。


延々と自分の髪の毛を触る癖がある。この癖は後に落ち着かなくなると自分を落ち着かせる為に出てくると告白している。

恋愛
恋愛観は本人自らも女性的であると語っている。また、好みの女性感もマニアック過ぎるせいか、周りから同意されることが少ないらしい。
漫画電影少女の「あい」や、宮崎アニメの主人公「ナウシカ」が好きだったらしい。好みの女性のタイプをあげるときにはよく「このアニメのこのキャラクターがいい」と例に出す。本人曰く(アニメキャラに恋することも)「これもれっきとした恋」。
10代の早いうちから芸能活動を始めたため、手をつないで街を歩いたことがないという。そのため、女性と自転車を二人乗りしたいという。ちなみに自分は後ろに乗りたいと発言している。

家族・ペット
ミニチュア・ダックスフンドを飼っていて、名前はケンシロウ。雑誌のグラビアなどにも本人と共にたびたび登場している。名前は好きな漫画である『北斗の拳』の主人公から取った。ミニチュアながら通常のダックスフンド並に大きいらしい。
魚好きで魚に詳しく、家で熱帯魚・大型魚をはじめとする様々な魚をたくさん飼っている(本人曰く、水槽は最大180cmのを含め、6本以上あるらしい)。ソロワークプロジェクトネームにもなっている、ポリプテルス・エンドリケリー・エンドリケリーは40匹近く飼っている。
母親思いとして知られる。ENDLICHERI☆ENDLICHERI名義の楽曲『ソメイヨシノ』は、一緒に花見をした際に母親が何気なくつぶやいた「この桜、あんたとあと、何回見られるんやろなあ」という一言から、その“老い”を感じた彼の想いが込められた曲である。
本人曰くおじいちゃん子だったそうで、祖父が生前入院していた頃は、一番忙しい時期であったにもかかわらず暇を見つけてはお見舞いに行き、亡くなってからも毎年奈良までお墓参りに行っている。
お姉ちゃん子でもある。6歳年上の姉は本人いわく「やさしい人」。喧嘩をしたことがないという。

服装・ヘアスタイル
おしゃれな歌手ランキングの上位常連で、ファッション雑誌で表紙を飾ることがある。
2004年度のベストジーニストに選ばれた。2005年には女性誌「SEDA」の表紙を飾ると共にモデルデビューも果たした。(同誌が表紙に男性タレントを起用するのは初)
感受性と霊感が非常に強い。そのため、母親にお寺でお祓いしてもらったブレスレット・茶色い数珠を、ほとんどいつも身に付けている。
以前母親に貰った羊を象った手作りのネックレスを失くしてしまったため、後日母親と一緒に買い物に行った時に見つけたという金色のカメのペンダントを、撮影時も含めほとんどいつも付けている。
洋服の色で好きなものは紫、緑、ピンクなど(特に、ショッキングピンクなど彩度の強いもの)。周りと同じが嫌いで、好んでいた服装や色でも流行り出すと興味がなくなる。
私服は個性的すぎて、堂本剛だと認識される以前に不審者と間違われたことがある。また、外に出る時に変装のたぐいはしないが、その派手さのせいか、却ってあまり声をかけられない。(雑誌インタビューやライブMC、音楽番組など)
頻繁に髪型が変わる。アシンメトリーヘアー、ピンクやオレンジなどの派手なメッシュ、片側だけ刈り上げるなど、個性的な髪型が多い。本人曰く、「女性受けしやすい髪型をしてる時は女性共演者やスタッフによく食事に誘われるが、そうでない時は全然」とのこと。

音楽性
歌唱力は「ジャニーズ随一」と言われるほどで、過去にマイケル・ジャクソンから「君は歌が上手い」と評価された事がある(J-FRIENDS名義で活動している時、マイケルに曲を提供してもらったことがきっかけ)。
私物のギターは30本以上あり、アンプやエフェクターも多数揃えている。新しく買ったギターは抱いて寝たりもする。ラジオ番組でリスナーから「どうして抱いて寝るんですか?」「壊れたり傷んだりしないんですか?」と質問が来た際に「匂いが落ち着く」「僕は寝相がいいから大丈夫です」と答えている。
自身の音楽やプロデュース内容にこだわりがあり、スタッフや事務所、時には相方の光一との折衝も辞さない。楽曲発表のタイミングが狙いと外れたり、サプライズを狙って秘密にしていた内部情報がインターネットや新聞などのメディアや噂によって事前に外部に漏れてしまうことなどによって、企画や音楽そのものが勢いをなくしてしまうことを嫌っている。
愛という言葉や概念に思い入れがあり、家族や自分の大切な人間に対する愛、自分に向けられる愛を大切にし、音楽などによって自らも愛を発信していきたいという主旨のことを、MCやインタビューなどでよく口にしている。
ソウル、ファンク、ブルースなど主にブラックミュージックを好む傾向あり。アフリカの音楽や民族楽器にも魅力を感じていると言う。中でもお気に入りはジミ・ヘンドリックスで、『正直しんどい』のオープニングでも楽曲が使われている。
請われて、後輩へ曲を提供する事も多い。今井翼、二宮和也、岡田准一、KAT-TUNなど。

交友関係
フジテレビ「LOVE LOVE あいしてる」で共演し、現在も親交の深い吉田拓郎は、彼について次のように語っていた事がある。「他人を傷つける前に、その場から消えてしまう。剛はそう云うヤツだ。彼の存在は自己主張が強すぎて「ムシアツイ」青春を送った僕を「癒して」くれる。だから僕は堂本剛を信じている。」

Mr.Children・CHAGE and ASKA・DREAMS COME TRUE・椎名林檎のファン。中でもドリカムとは交流が深く、KinKi Kidsへの曲提供、プライベートでライブを見に行く、3人で会うことなどがある。『堂本剛の正直しんどい』にて、3人でゲリラ的にストリートライヴを行った。

ポルノグラフィティの岡野昭仁と交流がある。音楽番組で共演した際、岡野から釣りに誘われていたが、先日、メールのやり取りをしていた流れでそのまま急遽夜中に二人でお台場で釣りをする事になり、夜明けまで楽しんだらしい。(岡野が自分のラジオで発言)『堂本剛の正直しんどい』に岡野が出演した際にもプライヴェートでは音楽的な話題で語り明かしたりしたなどと語っていた。

西川貴教と仲が良い。2人で食事をしても、会話がいわゆる「ボケ合戦」になり、熱中するあまり「ご飯が減らへん」と言う状態になるらしい。(「新堂本兄弟」より)

お笑い芸人の友人が多い。ココリコの田中直樹とエネルギーの森一弥とは番組で共演して以来大変仲がよく、親友として本人が名前を挙げている。 ココリコの2人とも交遊がある。遠藤章造は自ら『堂本剛の正直しんどい』のフリークと名乗り、同番組に何度か出演した際にはマニアックな知識を披露したりしている。

一時期、「堂本剛と共演した女優は結婚する確率が高い」と言われていた。ただし、これは剛の恋人役を演じた女優にのみ起きる現象と言われる。

ジャニーズ事務所タレントとの交友関係
ジャニーズの同僚では、TOKIOの長瀬智也、タッキー&翼の今井翼、V6の岡田准一、井ノ原快彦と仲が良い。松岡昌宏には「オレの癒しは、森田剛と堂本剛だね。一緒にいると、なんか落ち着く。」と言われた事も。長瀬智也とは共にギター好きとしても話が合うようで、ソロプロジェクト、ENDLICHERI☆ENDLICHERIのライブを長瀬が観に来た際には、ステージに上がりギター・セッションなども披露しあった。

NEWSの山下智久とはよくメール交換する仲。誕生日が一日違いのため、お互いの誕生日にはお祝いのメールをやりとりする。山下には「メールにハートマークは使わないほうが…」と「(新)堂本兄弟」で指摘されてもいた。

後輩に尊敬する先輩としてよく名前をあげられる。関ジャニ∞の渋谷すばる、安田章大や丸山隆平、Hey! Say! JUMPの八乙女光、ジャニーズJr.の 戸塚祥太、浅香航大、二階堂高嗣など。 渋谷は公式サイトの日記や雑誌インタビュー内でたびたびそのファン振りを告白している。「事務所に入所したばかりの頃に『堂本剛のDO-YA』で競演をして剛君を見て同じ関西人にこんなにかっこいい人がいるのかと思った。」、「ジャニーズ運動会の楽屋に挨拶に行こうと思ったが緊張しすぎてなかなか行けずにいたら剛君の方から挨拶してくれて感激した。」、「剛君と楽屋で話した際、緊張しすぎて自分からは何も話せなかった。」などのエピソードも数多く語っている。去年、今年と行なわれたENDLICHERI☆ENDLICHERIのライブ会場へも何度か足を運んでいるのも目撃されている。戸塚は髪型を真似したというエピソードなどがある。

関ジャニ∞のメンバーと交流が多く、その中でも横山裕の話をすることが多い。大体は横山を「声が気持ち悪い」などけなす発言だが、愛を持っての言葉である。


持病について
芸能界活動に対する自身のストレスから、CDデビューしたての頃に過呼吸を発症。 2000年夏のコンサートツアーにて、ナゴヤドームでの第一部公演の途中に、過呼吸の大きな発作に見舞われる。
2003年5月の「Dome F Concert」の途中体調不良で倒れた事をきっかけにして、同月、ジャニーズオフィシャル携帯サイト「Johnny's web」にて、自ら過去6年に及ぶ過換気症候群(過呼吸症候群、パニック障害)との闘病中であることを告白した。 しかしそれまでにも、2002年の1stソロアルバム『ROSSO E AZZURRO』収録の自作曲『Panic Disorder(和訳すると「パニック障害」)』や、著書『ぼくの靴音』の内容からも、パニック障害の発症を告白しているという向きがあった。 尚、その後の記者会見でも「6年前(1997年頃)から病気と闘っている」と発言。

ENDLICHERI☆ENDLICHERIのライブMCでは何度も「18歳からの5年間死にたいと思っていた。死にたい、死ねない、死にたい、死ねない、死にたい、を繰り返していた。」、「音楽が僕を救ってくれた。音楽やギターと出会えていなかったら、僕はもう居ない。」といった告白をしている。

恐怖症
高所恐怖症にして飛行機恐怖症。密閉されている感じが嫌だとのことで、新幹線もあまり好きではない。かつてはバラエティ番組などで、極度の高所恐怖症をネタにして、ジェットコースター乗りなど(本人にとっては)過酷な企画に挑戦していた。飛行機では恐怖から逃れるため、前日は徹夜などをして必ず眠るようにしている。飛行機に乗っている間はシートを倒さずシートベルトをしたまま離陸前に眠り、飛んでいる間に起こされないようにしている。

音楽活動

CDシングル
街/溺愛ロジック (2002年5月29日)
WAVER (2004年6月9日)

CDアルバム
ROSSO E AZZURRO (2002年8月7日)
[síː] (2004年8月18日)

ビデオ/DVD
LIVE ROSSO E AZZURRO (2003年1月8日)
TSUYOSHI DOMOTO 2nd Live [si:] ~FIRST LINE~ (2005年4月6日)

ライブ
TSUYOSHI DOMOTO LIVE "ROSSO E AZZURRO"
2002年7月24日 - 2002年8月14日
横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール
本人曰く、「不完全なライブだった。」との事。まだKinKi Kidsのステージの影響があり、MCも長かった。
TSUYOSHI DOMOTO 2nd LIVE [si;] ~FIRST LINE~
2004年8月11日 - 2004年9月5日
横浜アリーナ、大阪城ホール、名古屋レインボーホール、さいたまスーパーアリーナ
「FIRST LINE」の意味は、「自分が初めて、自分の思うとおりのことが出来た。そのスタートラインの意味を込めた。」との事。このライブより、本人がステージ上で本音を喋り始めるようになった。また、このライブより、ソロライブは1日1公演となる。
横浜公演は、FC会員を対象に募集した有料公開リハーサル(リハーサルの為、グッズ販売は無かった)。また、各公演(横浜を含む)にステージ上に「スーパーシート」を作り、「スーパーシート・バージョンアップ」と銘打ち、当日来場した観客の席番号を抽選し会場ロビーに掲載、その対象座席の観客を無料で招待した。招待された観客は、通常の座席とは違い、ステージを間近で、しかも左右に回転する特別な客席を堪能出来た。


出演作品

テレビ

バラエティ番組

「堂本直宏」名義
2時のワイドショー (1987年8月、よみうりテレビ)
-TV MAGAZINE- 晴れ時々たかじん (1989年3月、ABCテレビ)
ワンパクテレビ局 (1989年秋、よみうりテレビ)番組の司会を担当。キダタローとも共演。
「堂本剛」名義
キスした?SMAP (ABCテレビ:1993年4月4日 - 1996年9月24日)
なるほど!ザ・ワールド (フジテレビ系:1995年5月 - 12月)
それ行けキンキ大冒険(日本テレビ系:1996年4月7日 - 1996年9月29日)
堂本剛のDO-YA (テレビ朝日系:1996年10月1日 - 1997年9月30日)
それ行けキンキ大放送(日本テレビ系:1996年10月6日 - 1998年3月29日)
Toki-kin急行 好きだよ!好きやねん(TBS系:1996年10月16日 - 1997年3月12日)
バリキン7賢者の戦略(TBS系:1996年10月17日 - 1997年9月11日)
LOVE LOVEあいしてる(フジテレビ系:1996年10月19日 - 2001年3月31日)
KinKi KidsのGyu!(日本テレビ系:1998年10月4日 - 1999年9月26日)
つよチャン堂本舗 (日本テレビ系:1999年3月29日 - 9月27日)
堂本兄弟→新堂本兄弟(フジテレビ系:2001年4月8日 - )
堂本剛の正直しんどい (テレビ朝日系:2002年10月9日 - )

連続ドラマ
「堂本直宏」名義
若大将天下ご免!
(1987年7月、第31話「皿ごと毒を喰った女!」に出演。テレビ朝日)
回想シーンにて、若君の子供時代役でほんの数秒の出演。
妻そして女シリーズ(19)・心霊ドラマスペシャル(4)「悪夢の後」 (1987年8月17日 - 8月28日、毎日放送)
ダウンタウン物語 (1987年10月20日、第3話に出演。毎日放送)回想シーンにて浜田雅功の子ども時代役
1・2・3と4・5・ロク (1988年7月にゲスト出演、関西テレビ)
妻そして女シリーズ(31)「砂上の家族」 (1988年9月26日 - 11月25日、毎日放送)レギュラー出演
部長刑事 (1989年2月、ABCテレビ)ゲスト出演
新・部長刑事 アーバンポリス24 (1989年、ABCテレビ)ゲスト出演
ハートに火をつけて! (1989年、フジテレビ)
ハートに火をつけて!~メイキング(1989年、フジテレビ)
田園のエイリアン (1989年7月、関西テレビ)
土曜ドラマ「別の愛」 (1990年1月6日 - 1月13日、NHK総合)
妻そして女シリーズ(42)「命みじかく~またママの子になりたい」
(1990年2月5日 - 3月30日、毎日放送)
全40話中、第11話から第37話までレギュラー出演。
参上! 天空剣士 (1990年5月27日、第9話「超能力少年・犬千代」に出演。テレビ東京)犬千代役

「堂本剛」名義
かりん (NHK連続テレビ小説:1994年4月1日 - 4月2日) 田上和則役
最終回とその前回の2話のみ出演。
人間・失格~たとえばぼくが死んだら~ (TBS系:1994年7月8日 - 9月28日) 大場誠役
家なき子2 (日本テレビ系:1995年7月8日)
最終回にカメオ出演。相方の光一がレギュラー出演していた。
セカンド・チャンス (TBS系:1995年4月14日 - 6月30日) 藤井渡役
金田一少年の事件簿 (日本テレビ系) 金田一はじめ役
第1シーズン(第1話のみ封印作品、1995年7月15日 - 9月16日)
第2シーズン(1996年7月13日 - 9月14日)
若葉のころ (TBS系:1996年4月12日 - 6月28日) 相沢武司役
ぼくらの勇気 未満都市 (封印作品、日本テレビ系:1997年10月18日 - 12月20日) タケル役
青の時代 (TBS系:1998年7月3日 - 9月11日) 安積リュウ役
君といた未来のために~I'll be back~ (日本テレビ系:1999年1月16日 - 3月20日) 堀上篤志役
to Heart ~恋して死にたい~ (TBS系:1999年7月2日 - 9月17日) 時枝ユウジ役
P.S. 元気です、俊平 (TBS系:1999年6月24日 - 9月16日)
to Heartの時枝ユウジ役でカメオ出演。俊平(堂本光一)の住むアパートの住人に花の配達をする役。
Summer Snow (TBS系:2000年7月7日 - 9月15日) 篠田夏生役
向井荒太の動物日記~愛犬ロシナンテの災難~ (封印作品、日本テレビ系:2001年1月3日 - 3月17日) 向井荒太役
ルーキー! (フジテレビ系:2001年6月26日)
CDの万引き犯として最終回にカメオ出演。ちなみに盗んだCDはKinKi Kidsの「情熱」。
ガッコの先生 (TBS系:2001年10月7日 - 12月16日)
調布市立富士見が丘小学校5年3組担任教師・桜木仙太郎役
夢のカリフォルニア (TBS系:2002年4月12日 - 6月28日) 山崎終役
元カレ (TBS系:2003年7月6日 - 9月7日) 柏葉東次役
ホームドラマ! (TBS系:2004年4月16日 - 6月25日) 井坂将吾役

単発ドラマ
「堂本直宏」名義
京都サスペンス ほたる草心中 (1987年12月14日、関西テレビ)
小林稔侍と藤田弓子の息子で兄の「ひろし」役
「堂本剛」名義
愛と欲望の独眼竜 伊達政宗 (TBS系:1995年1月1日)
金田一少年の事件簿SP 学園七不思議殺人事件 (日本テレビ系:1995年4月8日) 金田一はじめ役
金田一少年の事件簿SP 雪夜叉伝説殺人事件 (日本テレビ系:1995年12月28日) 金田一はじめ役
誰かが誰かに恋してる (TBS系:1996年3月29日)
永久保存版・金田一少年の事件簿 (日本テレビ系:1996年9月21日) 金田一はじめ役
帰ってきたセカンド・チャンス (TBS系:1996年12月20日) 野田渡役
お笑い金田一少年の事件簿 (日本テレビ系:1997年4月12日) 金田一はじめ役
ラスト・プレゼント (テレビ朝日系:2005年6月11日) 神崎健児役
星に願いを~七畳間で生まれた410万の星~ (フジテレビ系:2005年8月26日) 大平貴之役

映画
「堂本直宏」名義
夕空晴れて(1988年公開の教育映画)
ぼくと仔犬のわんぱく大事件 (1988年7月6日公開、共和教育映画社)
女帝 春日局 (1990年1月20日公開、東映:京都撮影所)七之丞役
「堂本剛」名義
200X年 翔 (1992年11月14日公開)
シュート! (1994年3月12日公開)
金田一少年の事件簿・上海魚人伝説 (1997年12月公開)
ファンタスティポ (2005年2月公開)

舞台・ミュージカル
「堂本直宏」名義
おんな京暦 すえひろ物語
(1987年6月2日 - 6月25日、京都四条・南座六月特別公演、全41回公演)
(1988年6月 - 、名古屋・岡山・広島・久留米・福岡・大分の7ヶ所全17回公演)
お葬式 (1987年9月)
王様と私 (1988年12月2日 - 12月27日、大阪・新歌舞伎座)
北島三郎特別公演/岡田茉莉子特別公演
演目 「あばれ無法松」
(1989年3月・梅田コマスタジアム、 6月2日 - 29日・新宿コマ劇場)
北島三郎特別公演
演目 「どぶろくの辰」
(1990年3月2日 - 29日・新宿コマ劇場、 6月・梅田コマスタジアム)
「堂本剛」名義
ANOTHER (1993年8月6日 - 8月24日)
花影の花 ― 大石内蔵助の妻 ― (1995年10月、東京宝塚劇場)

ラジオ
「堂本直宏」名義
おはようパーソナリティ道上洋三です (1988年1月、「こどもの詩」のコーナーで作文を読んだ。ABCラジオ)
FMシアター (1988年6月、ラジオドラマ出演。NHK京都)
「堂本剛」名義
KinKi Kids どんなもんヤ! (文化放送)
キンキラKinKiワールド (ニッポン放送:1995年 - 2007年9月)
E☆E RADIO cosmology (FM-FUJI:2007年4月 - 2007年6月)
TSUYOSHI'S RADIO LOVE-DHA! (FM-FUJI:2008年1月 - )
244 ENDLI-x produce BOOTLEG RADIO (FM大阪:2008年3月 - )

CM (ソロ出演作)
※堂本光一との共演CMは、KinKi Kidsの項目を参照。
「堂本直宏」名義
もやしのCM
『のりお君の夏休み日記』 (1987年12月)
萬年社『アーバンリゾート』 (1988年3月)
大塚化学 『マイクロマジック』 (1988年3月)
ナショナル住宅産業株式会社 (1988年5月、広告・パンフ・スチルのみ)
「PHP研究所・松下電器」の70周年の企業PV(ヴィジュアル・プロモーション)(1988年10月)
「堂本剛」名義
ベネッセコーポレーション 『進研ゼミ・高1講座』 (1997年)
Panasonic (1997年 - 1999年12月)
『おたっくす』
『電脳P・LINK』 (ポータブルMD篇)
資生堂 『GERAID』シリーズ (1999年3月 - 2001年9月)
ハウス食品
『オーザック』 (1999年4月 - 7月)
『バーモントカレー』 (「ベンガル共演篇」、「余貴美子共演篇」)
森永製菓 (2000年9月 - )
『DARS』 (2000年9月 - )
『チョコモナカジャンボ』 (2001年4月 - )
『ハイチュウ』 (2005年8月 - )
『つぶつぶハイチュウ』 (2007年 - )
NTTドコモ関西 (2001年11月 - 2003年5月、近畿地区でのみのOA)
旭化成 『旬果搾り』(レモン/グレープフルーツ、2002年3月 - 9月)
ジャニーズ・エンタテイメント 『街/溺愛ロジック』 (2002年5月、2ヴァージョン作られた)
ニンテンドーゲームキューブ 『ドンキーコングジャングルビート』 (2004年12月 - 2005年1月)
サントリー 『DAKARA』 (2005年4月 - 7月)
ダイハツ工業 『ダイハツ・ビーゴ』
「ロードサイド篇」 (2006年1月18日 - )
「海篇」 (2006年2月 - )
ドワンゴ 『Sankaku着ボイス』 (2007年6月 - 、本人出演は無し)

出版物

単行本
きみとあるけば (2002年7月)
伊集院静との共著。伊集院の文章に剛がイラストをつけ、雑誌『Person』で連載されていたものの単行本。
(朝日新聞社 / ISBN 978-4023303300 文庫版:ISBN 978-4041973233)
ずーっといっしょ。 (2003年7月)
伊集院静との共作第2弾。
(朝日新聞社 / ISBN 978-4023303317 文庫版:ISBN 978-4041973264)
ぼくの靴音 (2005年12月)
雑誌『Myojo』で連載していたものを本にして発売。ここではイラストではなく、文章を書いている。
(集英社 / ISBN 978-4087804157)

写真集
正直I LOVE YOU (2006年10月)
バラエティ番組『堂本剛の正直しんどい』から生まれた初のソロ写真集。番組のテーマでもある“年上の恋人とのデート”を想定したハワイデート旅行編。
(東京ニュース通信社 / ISBN 978-4924566590)

連載
PS (小学館)
『ツヨコレ (TSUYOSHI COLLECTION)』
FINEBOYS (日之出出版)
『気ままなオフ・スタイル 「宇宙人に逢いたい」』
(旧タイトル 『自然体 オフ・スタイル 「東京」』)
 
 

堂本光一



堂本光一

堂本 光一(どうもと こういち、1979年1月1日 - )は、兵庫県芦屋市出身の男性アイドル、歌手、俳優、タレント、作詞家、作曲家、シンガーソングライター。 ジャニーズ事務所に所属するKinKi Kidsのメンバー。 血液型・B型。 愛称は光ちゃん、ピカイチ、王子など。 身長は168cm。 東海大学付属望星高等学校卒業。 KinKi Kidsの相方・堂本剛と名字が同じなのは偶然で、血縁関係は無い。

参加ユニット
KinKi Kids
J-FRIENDS
他 ジャニーズ関連プライベートユニット

来歴

ジャニーズ事務所入所

小学校6年生の時、少年隊ファンの姉が送った履歴書がきっかけで社長から電話が入り、1991年5月5日、横浜アリーナでの光GENJIのコンサートに招待され、そこで堂本剛と共に事務所に入る。

入所後

1992年、堂本剛と2人でグループを結成。
1993年4月4日、ABCテレビ『KISSした?SMAP』にて初めて「Kinki Kids」のグループ名を発表(当時はまだ“K”の表記が全て大文字ではなかった)。

KinKi Kids

1997年7月21日、シングル『硝子の少年』、アルバム『A album』の同時発売でCDデビュー。
デビューから26作連続でオリコンシングルチャート初登場第1位を継続、今なお自身で記録を更新中である。ギネスブックにも掲載されている。

作詞・作曲

2006年7月12日にソロCDデビュー。ソロシングル・アルバムとも、ほぼ全ての曲を自身で作曲している。
作詞・作曲も手がけており、NEWS、KAT-TUN、滝沢秀明などに楽曲を提供している。楽曲のレベルの高さはアイドルという枠を超えて高く評価されている。
作曲名は「堂本光一」又は「k-dino」と明記されることがある。
名前の由来は、フェラーリの創始者「エンツォ・フェラーリ」の息子、ディーノからとられた。

舞台

座長・主演を務めるミュージカル『SHOCK』は、2000年の初演より毎年開催されており、2006年に通算400回公演を達成、2008年公演の初日を迎え、通算500回公演を達成した。2000年11月の初演から7年2か月での500回到達は、単独主演では97年の歴史を誇る帝劇史上最速。

声優

2006年にはフジテレビ系アニメ『獣王星』(樹なつみ原作)で主人公トールの声(青年期)を演じ、初の声優挑戦となった。また、主題歌『Deep in your heart』の作曲を手がけ、同年7月12日には同曲と『+MILLION but -LOVE』との両A面CDをリリースしソロデビュー。『SHOCK』のサウンドトラック等ではソロ名義CDを出しているものの、シングルを出すのはこれが初めてとなった。

人物

性格
天然ボケで、時に破壊的な笑いをとる。
時々小学生並みの下ネタを言う。
かなりの人見知りで初対面の人間にはクールな印象を与えるが、一度心を許した相手には非常によく懐く。
自分から友人や知人を食事等に積極的に誘うことが苦手なため、相手側から誘ってもらえるのを待っていることが多い。
プライベートでは殆ど家の外に出ない。また、自宅から40mほど先にあるコンビニにも車で行くと言う(2006年コンサートMCより)。
写真を撮られるのが苦手で、プライベートで撮られた写真は常に同じ顔をしているらしい。芸歴16年にして、未だにカメラ目線が恥ずかしいという。
仕事で海外に行った時の空き時間に、相方の堂本剛と一緒に買い物に行ったが、特に買い物をすること無く剛の後ろをついて歩いた。(剛談)
雑学王である。(科学的な事に興味がある。F1、水の素晴しさ、色の不思議、車の動く仕組みや飛行機がなぜ飛ぶかなど)
TOKIOの長瀬智也、V6の森田剛とは同学年である。
本人曰く、「決して、自分には満足しない。」との事。「これでもか!と思ってやるが、まだ何か出来るだろう、と思ってしまう。何かが終わってしまっても、それに満足したことは、今まで一度も無い。」そうである。(オーラの泉 本人談)
自宅に居る時はバスローブ。寝るときは必ず全裸で寝る。
非常に方向音痴である。ホテル内でも迷うらしい。(『新堂本兄弟』より)
若者が知っているようなことを知らない。上京して十数年経つが、主要な若者の街を未だ把握していない。渋谷も通りの場所や名前があやふやであり、「駅前のハチ公とモヤイ像は向かい合わせに立っている」と勘違いしている。また、異性とのデートを連想して代官山を挙げたが、そこに何があって何をするかは全くわかっていなかった。(コンサートMC、『新堂本兄弟』など)
基本なんでも効率がよいか悪いかを考えて動く。(『オーラの泉』など)
10代の早い年齢から芸能活動をしていたため、今まで屋外を女性と手をつないで歩いたことがないという。
2008年、恋人にしたいアーティストランキングで7位(ちなみに、1位は赤西仁、2位は亀梨和也、4位は山下智久、8位は松本潤、10位は堂本剛、11位は櫻井翔、12位は増田貴久、13位は錦戸亮、15位は二宮和也、19位は相葉雅紀)。
女性が自分の好きなタイプを「優しい人」と言うと嫌な顔をする。
「優しい人って、自分に都合の良い人ってことでしょ?」と嫌そうに言う。

特徴
『光一』という名前の由来は、「父親の名前の一字をとって、光一と命名」(ファースト写真集『Get the Kinki』母談)
相方の剛と一緒にいるとふんわりとした笑顔になるらしく、剛本人からはマシュマロ笑顔と呼ばれる。
髪質が柔らかく、パーマをかけてもとれるのが早い。自虐に近い髪型ネタをよく口にするが、それもそろそろ封印すると2007年初頭に発言している。
視力が極度に悪いため(ちなみに左右とも0.02)、コンタクトレンズを着用している。
ジャニーズの後輩からよく、「香水をつけていないのに甘い香りがする」と指摘されるが、本人曰くシャンプーの香りらしい。
「俺はトイレに行かない」と頑なに主張する。堂本剛や他芸能人がトイレでの目撃談を暴露しても「俺がトイレに行くのはオイル交換のため」と言い返す。
コンサートや生放送番組で歌詞をよく間違える。
『DEATH NOTE』の夜神月(キラ)に似ているとよく言われる。実際に『新堂本兄弟』で高見沢俊彦に言われたことがある。
体脂肪率5-8%の間である。(2006年7月12日『テレフォンショッキング』本人談)
その風貌によりメディアやファンから「王子」と呼ばれている。
仕事を共にした共演者・スタッフから仕事に対する姿勢などを尊敬をこめて語られる事が多い。

エピソード
「楽屋で全裸で寝てたら掃除のおばちゃんにおしりを見られた」らしい(本人談)
自宅は4月頃から冷房をいれるほど暑い。ちなみに設定温度は常に27℃との事。

趣味・嗜好

食べ物
桃、タコ、イカ、もずく、餅、豚の生姜焼きが好き。飲み物はコーラやコーヒーが好きで、コーラには氷をグラスの半分入れるのが好み。ちなみに家でつくる氷ではなくコンビニなどで売っている氷を使う。使用済みの氷も小さくなっていなければまた凍らせて使うと『おしゃれイズム』で語った。
ポテロングが大好き。堂本光一監修のポテロングZ(わさび味)も2007年12月11日に発売された。
茄子、内臓系、パクチー、あんこが食べられない。甘い物全般が苦手だが、チョコレートは好きで食べられる。ただし、チョコレートケーキは食べられない。
コンサートなどでバースデーケーキが出されると、上に乗っているイチゴだけを早食いする。

スポーツ・モータースポーツ
F1に非常に詳しく、プライベートでベルギー・グランプリを観戦に行ったこともある。その知識の多さはフジテレビF1中継にゲスト出演した際に解説者を驚かせたほど。
2006年からは雑誌『GRAND PRIX SPECIAL(F1グランプリ)』(ソニー・マガジンズ)で「F1賛歌」を、2007年からは東京中日スポーツ紙上でF1に関するコラムを連載している。
野球好き。プロ野球では巨人ファン。ちなみに元巨人の選手、川相昌弘のファン。

音楽
好きなアーティストはBon Joviなど。
お気に入りの曲は串田アキラの『宇宙刑事ギャバン』。『LOVELOVEあいしてる』やライブで歌ったこともある。

アクセサリーなど
クロムハーツがお気に入りで、同ブランドのクロスネックレスをよく身に付けている。

その他
「配線が大好き」で、電化製品の取り付けなどは電化業者に頼まず自分でやるのが好き。
(「オーラの泉」)
自称「段取りマニア」で、「エレベータに乗る時は『閉』を押してから階ボタンを押す。その方が効率がいい」(「オーラの泉」)

資格
日本テレビ『ピカイチ』内のコーナー「資格ゲッター☆ピカイチ」にて、さまざまな資格取得に挑戦。詳細は後述。

交友関係

ジャニーズ事務所タレントとの交友関係

TOKIOの山口達也曰く「“凛”という言葉が最も似合う」「タンクトップ姿は世界一セクシー」
TOKIOの国分太一曰く「草野球で流す汗はレモン水のよう」「笑顔はジャニーズの王道」
TOKIOの長瀬智也曰く「光一は仕事をしていくうちに、自分の中にたまった埃をぽんぽんと払ってくれる存在」。長瀬とは自他共に認める親友である。
2008年の『SHOCK』千秋楽の後に行われた打ち上げの二次会でカラオケに行った際、大倉忠義とHarmony of December、米花剛史と薄荷キャンディーを一緒に歌った。
よくジャニーズ事務所の後輩から憧れの先輩に挙げられる。Musical Academy(MA)メンバー、Hey! Say! JUMPの薮宏太、山田涼介、高木雄也、ジャニーズJr.の玉森裕太、橋本良亮その他多数。MAとは後輩の中でも特に仲が良く、メンバーの町田慎吾に崇拝されている。同じくMAの米花剛史は「俺ら光一くんがいないとやっていけないかも」とも発言している。

俳優・タレント・アーティストとの交友関係

吉田拓郎曰く「光一は菩薩のようだ」。吉田は光一に電話をかけてきてなぜか「光一結婚しよう!」とプロポーズしたことが2度あるらしい。『LOVE LOVEあいしてる』で共演していたころには、「年齢なんて関係なく、俺はKinKi Kidsを尊敬してる」と公言していた。
ブラザートムいわく、「光一は働くことに対してすごく真面目。真正面を見て、誰が来ても引かない。堂々としていて、かわしもしない。とにかく頭がいい。」
ポルノグラフィティの新藤晴一とは野球をする仲。尚、ポルノグラフィティのメンバーは2回堂本兄弟に出演。
SOPHIAの松岡充に詞や曲を提供してもらった事がある。
小栗旬とは、『獣王星』での共演を通して仲良くなった。小栗が彼の2006年ソロコンサートや2007年の『Endless SHOCK』を観に来ている姿が目撃されている。

スポーツ選手等との交友関係
2000年に収録現場でバッタリ会った巨人の上原浩治選手から、ストレートの投げ方を教えてもらった事がある。
F1中継に出演したことがきっかけで川井一仁と親しい。本人曰く、寿司を食べに行くときは決まって川井と一緒だという。
元F1ドライバーの高木虎之介とは電話をしたり、家に遊びに行ったりする仲である。

家族

携帯電話のアドレス帳には家族を「父上様」「母上様」「姉上様」という名前で入れている。
遠くにいる母親を呼ぶときは「母上様」と呼んでいる(本人談)。
父親を尊敬している。父親は身長が180cm以上と長身だが、本人は170cmもなく、そのことにコンプレックスを持っているらしい。昔、父も背が高く母も標準身長なのに「なぜ自分は小柄なのか、自分は両親の子ではないのか」と母に尋ねたら、「そうだよ」と返された。(勿論、母のネタである。)
(2006年コンサートMCより)
両親と姉の4人家族で、家族全員大変仲が良く、自分の生まれ育った家庭が理想の家庭だと発言している。
3歳年上の姉が結婚し、チャペルで行われた結婚式では、笑いをこらえるのが大変だったらしいが、披露宴でテーブルに置かれた出席者それぞれ宛の手紙を読んで感動したそうだ。


音楽活動


シングル
Deep in your heart/+MILLION but -LOVE (2006年7月12日)
No more(発売日未定)

アルバム

オリジナル
mirror (2006年9月13日)

サウンドトラック
KOICHI DOMOTO Endless SHOCK Original Sound Track (2006年1月11日)

コンサート
KOICHI DOMOTO LIVE TOUR 2004 1/2
2004年3月29日~5月5日 (6ヶ所16日間27公演)
北海道立総合体育センター/仙台市体育館/横浜アリーナ/大坂城ホール/広島グリーンアリーナ/マリンメッセ福岡
KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2006 "mirror" ~The Music Mirrors My Feeling~
2006年9月13日~10月30日 (7ヶ所19日間27公演(追加公演3公演を含む))
真駒内アイスアリーナ/グランディ21・宮城県総合体育館/横浜アリーナ/サンドーム福井/名古屋レインボーホール/大坂城ホール/マリンメッセ福岡
9月17日18時開演の福岡公演は、台風の影響により10月3日18時30分開演に振り替えとなった。

ビデオ/DVD
KOICHI DOHMOTO SHOCK DIGEST (2002年6月19日)
Koichi Domoto SHOCK (2003年1月16日)
KOICHI DOMOTO LIVE TOUR 2004 1/2 (2004年10月14日)
KOICHI DOMOTO Endless SHOCK (2006年2月15日)
KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2006 mirror~The Music Mirrors My Feeling~(2007年5月16日)

出演作品

テレビ

バラエティー番組
KISSした?SMAP (ABCテレビ:1993年4月4日 - 1996年9月24日)
超人ドッチボール伝説(関西テレビ:1994年10月17日 - 1994年12月12日)
それ行けキンキ大冒険(日本テレビ系:1996年4月7日 - 1996年9月29日)
それ行けキンキ大放送(日本テレビ系:1996年10月6日 - 1998年3月29日)
まけたらアカン(フジテレビ系:1996年10月14日 - 1997年3月17日)
Toki-kin急行 好きだよ!好きやねん(TBS系:1996年10月16日 - 1997年3月12日)
バリキン7賢者の戦略(TBS系:1996年10月17日 - 1997年9月11日)
LOVE LOVEあいしてる(フジテレビ系:1996年10月19日 - 2001年3月31日)
スターどっきり大作戦(フジテレビ系:1997年4月12日 - 1997年9月15日)
チチパパ親父!娘をたのむで! (フジテレビ系:1997年4月25日 - 9月26日)
GYU!っと抱きしめたい!(日本テレビ系:1998年4月5日 - 1998年9月27日)
KinKi KidsのGyu!(日本テレビ系:1998年10月4日 - 1999年9月26日)
ピカイチ (日本テレビ系:1999年10月3日 - 2001年9月30日)
ポップジャム (NHK系:2000年4月1日 - 2002年2月18日)
堂本兄弟→新堂本兄弟(フジテレビ系:2001年4月8日 - )
ジャパン☆ウォーカー (日本テレビ系:2001年10月7日 - 2002年3月31日)
世代密林(ジェネレーションジャングル) (日本テレビ系:2002年4月7日 - 2002年9月29日)
ジェネジャン! (日本テレビ系:2002年10月6日 - 2003年3月30日)
遊ワク☆遊ビバ! (日本テレビ系:2003年4月6日 - 2004年3月28日)
ジェネジャン!! (日本テレビ系:2004年4月24日 - 2005年3月26日)※現在は不定期放送

連続ドラマ
人間・失格~たとえばぼくが死んだら~ (TBS系:1994年7月8日 - 9月28日)影山留加役
家なき子2 (日本テレビ系:1995年4月15日 - 7月8日)牧村晴海役
銀狼怪奇ファイル~2つの頭脳を持つ少年~ (日本テレビ系:1996年1月13日 - 3月16日)不破耕助・銀狼(二役)役-主演
若葉のころ (TBS系:1996年4月12日 - 6月28日)藤木甲斐役-主演
新木曜の怪談「cyborg」 (フジテレビ系:1996年10月17日 - 11月21日)戒堂晃役-主演
ぼくらの勇気 未満都市 (封印作品、日本テレビ系:1997年10月18日 - 12月20日)ヤマト役-主演
ハルモニア この愛の涯て (日本テレビ系:1998年7月11日 - 9月12日)東野秀行役-主演
P.S.元気です、俊平 (TBS系:1999年6月24日 - 9月16日)加地俊平役-主演
天使が消えた街 (日本テレビ系:2000年4月12日 - 6月29日)高野達郎役-主演
向井荒太の動物日記~愛犬ロシナンテの災難~ (封印作品、日本テレビ系:2001年1月3日 - 3月17日)
美形新人として最終回のみカメオ出演。主演は堂本剛。
ルーキー! (フジテレビ系:2001年4月10日 - 6月26日)愛田誠役-主演
リモート (日本テレビ系:2002年10月12日 - 12月14日)氷室光三郎役
スシ王子! (テレビ朝日系:2007年7月27日 - 9月14日)米寿司役-主演

単発ドラマ
ドラマシティー'93「愛よ、眠らないで」 (日本テレビ系:1993年)池田浩一役
木曜の怪談マリオ (フジテレビ系:1995年11月2日)毬夫役-主演
金曜エンタテイメント「炎の料理人」 (フジテレビ系:1995年12月1日)周富徳役-主演
「パパ帰る'96」(テレビ朝日系:1996年1月4日)福原光太郎役
24時間テレビ ドラマ 「勇気ということ」 (日本テレビ系:1997年8月23日)田村和夫役-主演
艶姿!ナニワの光三郎七変化 (関西テレビ系:1997年10月2日)浪速屋光三郎役-主演
世にも奇妙な物語 秋の特別編 「昨日公園」 (フジテレビ系:2006年10月2日)陽介役-主演

映画
200X年 翔(1992年11月14日公開)聖翔役
シュート!(1994年3月12日公開)
家なき子(1994年12月17日公開)堀口稔役
銀幕版 スシ王子! 〜ニューヨークへ行く〜(2008年4月19日公開)米寿司役-主演

舞台
ANOTHER (1993年8月6日 - 8月24日)
こけら落し特別公演ジャニーズファンタジー kyotokyoシアター1200 (1997年8月9日 - 8月15日)全23公演
SHOW劇’99 MASK(1999年1月6日 - 1月31日)
MILLENNIUM SHOCK (2000年11月2日 - 11月26日)全38公演
ショー劇・SHOCK (2001年12月1日 - 12月25日, 2002年1月3日 - 1月27日)全76公演
ショー劇・SHOCK (2002年6月4日 - 6月28日)全38公演
SHOCK is Real SHOCK (2003年1月8日 - 2月25日)全76公演
Shocking SHOCK (2004年2月6日 - 2月29日)全38公演
Endless SHOCK (2005年1月8日 - 2月28日)全76公演
Endless SHOCK (2006年2月6日 - 3月29日)全76公演
Endless SHOCK (2007年1月6日 - 2月28日)全81公演
Endless SHOCK (2008年1月6日 - 2月26日)全76公演

声優
獣王星 (フジテレビ系:2006年4月13日 - 6月22日)

ラジオ
KinKi Kids どんなもんヤ! (文化放送)

CM (ソロ出演作)
※堂本剛との共演CMは、KinKi Kidsの項目を参照。

ベネッセコーポレーション (1997年)
『進研ゼミ・大学進学講座』宝生舞との共演
『進研ゼミ高1講座』
Panasonic (1997年 - 1999年12月)
『PHS携帯電話 ル・モテ』
ハウス食品
『バーモントカレー』 (1998年12月 - 1999年1月)
『カップシチュー』 (2007年9月15日 - )
武田薬品工業 『ハイシービフィーズ』 (2000年5月 - 2001年4月)
森永製菓 (2000年9月 - )
『DARS』 (2000年9月 - 2007年8月)
『チョコモナカジャンボ』 (2001年4月 - )
NTTドコモ関西 (2001年11月 - 2003年6月)近畿地区でのみのOA
日本コカ・コーラボトラーズ 『コカ・コーラ』 (2003年3月 - 7月)
東山紀之・井ノ原快彦との共演篇
東山紀之・岡田准一・山下智久との共演篇
サントリー 『DAKARA』 (2005年6月)

連載
GRAND PRIX SPECIAL(ソニー・マガジンズ)-「F1賛歌」(2006年~)
東京中日スポーツ - 「光速コーナー」(2007年~)

取得資格
日本テレビ『ピカイチ』内のコーナー「資格ゲッター☆ピカイチ」にて、さまざまな資格取得に挑戦。
1998/3/8 締固め用機械(ローラー)運転業務特別教育修了(無制限)
1998/6/21 ソフトボール第3種公認審判員
1998/7/13 四級小型船舶操縦士
1998/9/17 チェーンソー伐木業務特別教育修了
1998/11/13 食品衛生責任者
1999/2/8 COMPETITION LICENSE JAPAN AUTOMOBILE FEDERATION(国内B)
1999/3/15 COMPETITION LICENSE JAPAN AUTOMOBILE FEDERATION(国内A)
1999/4/24 小型車両系建設機械(整地・運搬・積込み用及び掘削用)運転業務特別教育修了(機体重量3t未満)
1999/7/2 日本綱引連盟公認審判員(シングルA)
1999/11/10 一級小型船舶操縦士
1999/11/24 ボイラー取扱技能講習修了(小規模ボイラー)
1999/12/16 フォークリフト運転業務特別教育修了(最大荷重1t未満)
2000/1/19 ラッピングコーディネイター
2000/4/26 アーク溶接等業務特別教育修了
2000/5/10 日本ドッジボール協会公認C級審判員
2000/6/1 大型特殊自動車免許
2000/7/5 そば打ち名人資格
2000/8/23 SWIFTWATER RESCUE First Respond
2000/10/17 車両系建設機械(整地・運搬・積込み及び掘削用)運転技能講習修了(機体重量3t以上)
2001/1/20 アームレスリング国内3級審判員

更新していないものが多く、現在いくつの資格が残っているのか不明。資格証を財布に入れて持ち歩いているものもあり、まったく更新をしていないわけではない(本人談)
資格を活かし、コンサート会場でフォークリフト操作を披露したことがある。また、相方の剛からは「今度ライブで丸太伐ったらええやん」とからかわれていた。(『新堂本兄弟』より)
 
 

KinKi Kids (コンサート)



KinKi Kids

コンサート
KinKi Kidsのコンサートの最大の特徴は、"MC(喋り)が長い"事である。普通は短いはずのオープニングMCでも優に30分は喋る。また、3時間の公演のうち、MCだけで合計1時間30分~2時間ほど喋ることもある。MCが長過ぎて事務所スタッフに怒られたり、コンサートマスターの吉田建に(冗談ながらに)文句を言われたりしたこともあったようだ。本人達も自覚しているため、特に長くなる2度目のMCでは自ら観客を座らせる。観客との掛け合いよりも延々と2人で話していることが多いこともあり、この状況に慣れてない人からは「観客を放置して喋りすぎる」と言われることもあるが、他のタレントと違い、ファンにとってはこの「MCの長さ」と「2人語り」が、KinKi Kidsのコンサートの醍醐味となっている。

また、年末年始に行われるコンサートでは、元旦にステージ上で光一の誕生日を祝うのが通例となっている。

1994年~1995年 ツアー Kick off '95
12月31日 ~ 1月29日 3ヶ所15公演 日本武道館、東京厚生年金会館、大阪厚生年金会館 日本武道館公演は、追加公演として開催が決定。尚、追加の武道館公演は、公演日2週間前にジャニー喜多川より公演を行うことを知らされたそうである。

1995年 ツアー Kick off '95 SECOND CONCERT
3月30日 ~ 5月7日 4ヶ所7公演 日本武道館、横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール
 
1995年 イベント 「夏だ!祭りだ!こどもカーニバル」 KinKi Kids ミニライブ
7月23日 ~ 7月31日 1ヶ所8公演 新高輪プリンスホテル「飛天」 同イベントの一環で行なわれたミニコンサート

1995年 ツアー Kick off '95 SUMMER
8月3日 ~ 8月30日 7ヶ所14公演 北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、福岡サンパレス、長崎市公会堂 まだCDデビューの予定も無かった状態で行なわれた、初の全国ツアー。

1995年~1996年 ツアー キンキらキンにKinKi Kids '96
12月26日 ~ 1月14日 3ケ所19公演 代々木ホワイトシアター、名古屋レインボーホール、大阪城ホール

1996年 イベント ローソンpresents "KinKi Kids '96"
1月28日~2月10日 7ヶ所7公演 北海道厚生年金会館、仙台サンパレス、横浜アリーナ、名古屋センチュリーホール、大阪城ホール、広島郵便貯金ホール、九州厚生年金会館 ローソンの懸賞による無料コンサート

1996年 ツアー KinKi Na"GO"ya "TO"kyo 3ヶSHOW(参加しよう)
4月6日 ~ 5月8日 3ケ所9公演 横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール

1996年 ツアー KinKi Kids '96 夏だ!全員集合!
7月24日 ~ 8月31日 8ヶ所35公演 北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、石川厚生年金会館、大阪城ホール、広島厚生年金会館、九州厚生年金会館

1996年~1997年 ツアー SHOW「ガッツ!」SHOW
12月26日 ~ 1月7日 3ヶ所13公演 横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール このツアーより、1月1日(光一の誕生日)にコンサートを行なわれることが恒例になる。

1997年 イベント ローソンpresents「KinKi Kids '97」
2月1日 ~ 2月16日 5ヶ所5公演 仙台サンプラザ、横浜アリーナ、愛知厚生年金会館、大阪城ホール、広島厚生年金会館 ローソンの懸賞による無料コンサート この公演は、ローソン限定発売にてビデオ販売された

1997年 ツアー KINKI Kiss In Dream Spring SHOW
3月25日 ~ 5月5日 3ヶ所15公演 横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール

1997年 ツアー A so Bo Concert
7月29日 ~ 8月28日 3ヶ所16公演 横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール CDデビュー後、初のコンサートツアー

1997年 舞台 こけら落し特別公演 ジャニーズファンタジー 「kyo to kyo」
8月9日 ~ 8月15日 1ヶ所23公演 京都・シアター1200 同会場で開催されたロングラン公演「kyo to kyo」の、こけら落とし公演として開催

1997年~1998年 ツアー HAPPY HAPPY DATE
12月24日 ~ 1月15日 3ヶ所20公演 東京宝塚劇場、名古屋レインボーホール、大阪城ホール 宝塚劇場公演は、同会場の改装する為、宝塚歌劇団最終公演から会場解体日までの2週間に、同事務所所属タレントが日替わりでコンサートを行い、その一環として行なわれ、内容も名古屋、大阪公演とは異なった。

1997年 イベント ジャニーズ カウントダウン・コンサート
12月31日 1ヶ所1公演 東京宝塚劇場 同イベントで初めて、J-FRIENSとして舞台に立つ

1998年 イベント ジャニーズ祭りin東京宝塚劇場 ファイナルステージ 1月18日 1ヶ所2公演 東京宝塚劇場 宝塚劇場で行なわれた公演の最終日に、同事務所のタレントが多数出演して行なわれたイベント

1998年 イベント ローソンpresents「KinKi Kids '98」 1月24日 ~ 2月22日 4ヶ所8公演 北海道厚生年金会館、仙台サンプラザ、広島厚生年金会館、九州厚生年金会館 ローソンの懸賞による無料コンサート 冬のツアーで開催されなかった都市を中心に開催

1998年 単発コンサート HAPPY HAPPY DATE(追加公演) 5月2日 ~ 5月5日 1ヶ所8公演 横浜アリーナ 冬に名古屋、大阪で行なわれた公演と同じ内容を、追加公演として横浜で開催

1998年 ツアー Johnny's Summer Concert '98 「KinKi Kids」 7月23日 ~ 8月31日 6ヶ所29公演 真駒内屋外競技場、山形総合スポーツセンター、横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、大阪城ホール、福岡国際センター 初の野外コンサートを、札幌で開催

1998年~1999年 ツアー Johnny's Winter Consert '98~'99 「KinKi Kids」
12月22日 ~ 1月1日 2ヶ所8公演 東京ドーム、大阪城ホール 初のドーム公演を開催 大阪と東京では内容が異なった

1998年 イベント J-FRIENDSカウントダウンコンサート「Asia Biggest Countdown in Dome」
12月31日 1ヶ所1公演 東京ドーム この公演より、東京ドームでのカウントダウンコンサートが恒例となる

1999年 ツアー Johnny's Summer Concert '99 「KinKi Kids」
7月20日 ~ 8月30日 9ヶ所29公演 真駒内屋外競技場、仙台グランディ21、横浜アリーナ、名古屋レインボーホール、浜松アリーナ、甲府アイメッセ、大阪城ホール、広島グリーンアリーナ、マリンメッセ福岡

1999年 ツアー Dome Concert in ○○(○○は、TOKYO もしくは OSAKA)
12月26日 ~ 12月31日 2ヶ所5公演 東京ドーム、大阪ドーム

1999年 イベント J-FRIENDS MILLENNIUM in TOKYO DOME
12月31日 1ヶ所 1公演 東京ドーム

2000年 単発コンサート+公開イベント KinKi Kids DOME CONCERT 「LOVELOVE2000 in TOKYODOME」
1月1日 1ヶ所1公演 東京ドーム 自身が出演していたテレビ番組「LOVE LOVE あいしてる」の公開生中継も兼ねて行なわれた、イベント色の強かったコンサート

2000年 海外ツアー 1st ASIAN TOUR KinKi Kids MILLENNIUM CONCERT in ○○(○○は、TAIPEI もしくは HONGKONG)
2月22日 ~ 2月27日 2ヶ所5公演 台湾・台北南港101、香港コンベンション・アンド・エキシビジョンホール 自身初の海外公演

2000年 ツアー KinKi Kids Selection Stadium Tour ”King of SUMMER 2000"
7月26日 ~ 9月17日 12ヶ所30公演 真駒内屋外競技場、秋田大館樹海ドーム、山形市総合スポーツセンター、仙台市体育館、横浜スタジアム、ツインメッセ静岡、石川県産業展示館4号館、ナゴヤドーム、大阪ドーム、広島グリーンアリーナ、香川県県民ホールグランド、福岡ドーム ツアーとしては、最長・最高公演数のツアー 9月16日の横浜公演は、豪雨の為、公演途中で中止となった。

2000年~2001年 ツアー Dohmoto Dome de Daininki KinKi Kids concert 2000~2001 12月23日 ~ 1月1日 2ヶ所6公演 東京ドーム、大阪ドーム

2000年 イベント J-FRIENDS COUNTDOWN FROM TOKYO
12月31日 1ヶ所1公演 東京ドーム

2001年 海外ツアー KinKi Kids Returns! 2001 Concert Tour in ○○(○○は、台北 もしくは 香港) 5月8日 ~ 5月13日 2ヶ所6公演 台湾・台北スーパードーム、香港コロシアム

2001年 フィルムコンサート ふるさとEふれあいalbumキャンペーン ~年末年始のドームコンサートの前にKinKiがあなたの街にやってくる~
8月15日 ~ 8月30日 11ヶ所32公演 北海道厚生年金会館(剛)、青森市文化会館(剛)、横浜アリーナ(二人)、新潟テルサ(剛)、静岡市民文化会館(光一)、名古屋センチュリーホール(光一)、京都会館第一ホール(光一)、大阪厚生年金会館(光一)、広島厚生年金会館(光一)、高松市民会館(光一)、福岡サンパレス(剛) 5thアルバム「E album」の購入特典として、応募券を送ると抽選で招待された初のフィルムコンサート それぞれの会場には、二人のうちどちらが来るということになっており、公演当日に本人の登場によって初めて知らされた(横浜のみ、二人が登場)。会場名の後に、どちらが来場したかを記載

2001年~2002年 ツアー KinKi Kids DOME CONCERT "みんな元気かい?"
12月27日 ~ 1月1日 2ヶ所6公演 東京ドーム、大阪ドーム

2001年 イベント J-FRIENDS COUNTDOWN in TOKYO DOME
12月31日 1ヶ所1公演 東京ドーム

2002年~2003年 ツアー KinKi Kids DOME F Concert ~Fun Fan Forever~
12月26日 ~ 1月1日 2ヶ所6公演 東京ドーム、大阪ドーム ステージを正面にして、右側が光一ステージ、左側が剛ステージ、中央がKinKiステージのトリプルステージという、ドームコンサートならではの画期的なステージで公演を実施。それまでのコンサートの中でも大好評を得た

2002年 イベント J-FRIENDS COUNTDOWN in TOKYO DOME 2002
12月31日 1ヶ所1公演 東京ドーム J-FRIENDSとしては、最後のカウントダウンコンサート

2003年 ツアー KinKi Kids DOME F Concert ~Fun Fan Forever 永遠のBLOODS~(追加公演)
5月25日 ~ 6月8日 3ケ所7公演 札幌ドーム、ナゴヤドーム、福岡ドーム 冬に行なわれたツアーが大好評で、また「DVDとして発売して欲しい」との多数の声により実施された追加公演 冬と合わせて5大ドームを制覇

2003年~2004年 ツアー KinKi Kids 24/7 G Tour
12月13日 ~ 1月1日 4ヶ所9公演 東京ドーム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡ドーム このツアーを境に、「極力少ない人数で、ステージの演出を行ないたい」との意向により、今までバックで踊っていたジャニーズJr.の出演人数を削減。(これ以降の公演は、基本的にMA、A.B.C.以外のジャニーズJr.の出演は行なわれていない。)ステージのセットや演出を非常にシンプルな内容にし、「演出には頼らず、自分達の踊りや歌でどこまで表現出来るか。」という、新たな挑戦を試みたツアーであった。

2003年 イベント Johnny's Starship Countdown
12月31日 1ヶ所1公演 東京ドーム この年より、カウントダウンコンサートは、同事務所所属のグループが多数出演するイベントとなる

2004年~2005年 ツアー KinKi Kids DOME TOUR ~font de Anniversary~
12月18日 ~ 1月1日 4ヶ所9公演 東京ドーム、ナゴヤドーム、大阪ドーム、福岡ドーム このツアーでは、初めて生バンド+生ストリングスの演奏で公演が行なわれた。今まで発売したシングル曲を発売順に、メドレーも交えて全曲披露された。

2004年 イベント Johnny's BIG SUPRISE Countdown
12月31日 1ヶ所1公演 東京ドーム

2005年 イベント 堂本ブラザーズバンド ファーストライブ
7月17日 1ヶ所1公演 東京・お台場野外特設 自身が出演している音楽バラエティ番組「新堂本兄弟」の企画として、2万人を無料招待し行なわれた、スペシャルライブ

2005年~2006年 ツアー KinKi Kids H TOUR~Have A Nice Day~
12月24日 ~ 1月1日 2ヶ所6公演 東京ドーム、大阪ドーム 前ツアー同様、生バンド+生ストリングスの演奏で公演が行なわれた。ステージでは山を貴重としたセットが設置され、照明等の変化により氷山や火山など、色々な山の表情を演出した。また、6月13日の夜に東京・神宮外苑の聖徳記念絵画館にて、Sg「ビロードの闇」発表イベントで行われたウォータースクリーン(絵画館前に100トンの水を噴射してつくった(高さ20メートル、幅50メートル)スクリーンに映像を映し出す)も、再現された。
この公演以降、ジャニーズJr.の出演はMAのみとなる。

2005年 イベント Johnnys' Countdown
12月31日 1ヶ所1公演 東京ドーム

2006年 イベント 堂本ブラザーズバンド セカンドライブ
8月1日 1ヶ所1公演 Zepp TOKYO 音楽バラエティ番組「新堂本兄弟」の企画として、2000人を無料招待し行なわれた、スペシャルライブ。このときに、バンドのオリジナルで作った新曲として「Music of Life」が発表された。入場者には、手ぬぐいとうちわがプレゼントされた。

2006年~2007年 ツアー KinKi Kids CONCERT TOUR 2006~2007 Harmony of Winter -iD-
12月25日 ~ 1月1日 2ヶ所5公演 東京ドーム、京セラドーム大阪 3年連続で、生バンド+生ストリングスの演奏で公演が行なわれた。また2007年にCDデビュー10周年を迎えるにあたり、デビュー前に楽曲発表された「FRIENDS」が久々に披露された。

2006年 イベント Johnnys' Countdown
12月31日 1ヶ所1公演 東京ドーム

2007年 イベント KinKi Kids 10th Anniversary in TOKYO DOME
7月22日 1ヶ所1公演 東京ドーム デビュー10周年を記念して行われたファン感謝イベント。この公演で、東京ドーム最多観客数を更新した(約6万7千人)。また、10年前のデビュー日でもあるイベント前日には、同会場でギネス表彰式が行われた。

2007年~2008年 コンサート We are Ø'n39!!AND U ?KinKi Kids Live in DOME 07~08
12月23日~1月1日 2ヶ所6公演 東京ドーム、京セラドーム大阪 この公演で、東京ドームでの公演を10年連続30回行い、単独アーティストによる最多公演回数を更新した。「従来のステージよりも、会場の皆さんに均等に楽しんでもらえるように。」と、コンサートとしては初のセンターステージを採用。さらに1月1日公演は、公演時間が4時間となる長丁場の公演となった。
 
 

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