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少年隊 2 (ディスコグラフィ)



少年隊

ディスコグラフィー


タイアップはジャニーズ タイアップ一覧を参照


シングル

仮面舞踏会(1985年12月12日)紅白出場曲
B面収録曲の違い(春風にイイネ!、ONE STEP BEYOND、日本よいとこ摩訶不思議)で3種有り。ジャケットもそれぞれ違う。これらB面の楽曲は『BEST OF 少年隊』に収録されている「春風にイイネ!」を除きCD音源は入手困難。また、『BEST OF 少年隊』に収録されている「仮面舞踏会」はボーカルの録り直しがされており、レコードと同じ音源は8cmCDシングルと『青春歌年鑑1986』で聞くことができる。1986年度オリコン年間順位3位である。

デカメロン伝説(1986年3月24日)
B面収録曲「ペパーミント夢物語」は『BEST OF 少年隊』に収録されているが、レコード盤とは若干歌詞が異なる。

ダイヤモンド・アイズ(1986年7月7日)
バラードのように眠れ(1986年11月28日)
STRIPE BLUE(1987年3月3日)
君だけに(1987年6月24日)紅白歌合戦出場曲であり、1987年度オリコン年間順位10位である。
ABC(1987年11月11日)
LADY(1987年11月30日)
BEST OF 少年隊 EP(1988年2月20日)
ふたり(1988年3月23日)
SILENT DANCER(12インチ)(1988年4月25日)
B面収録曲「KISS THE SUN」は少年隊の楽曲の中で唯一未CD化。
What's your name ?(1988年7月8日)
じれったいね(1988年11月10日)紅白出場曲
続・じれったいね(海外版)(1988年12月10日)
まいったネ 今夜(1989年6月19日)紅白出場曲
封印 LOVE(1990年4月10日)
FUNKY FLUSHIN'(1990年7月7日)

砂の男(1990年12月12日)
完成度は非常に高かったものの、それほどの脚光を浴びることはなかった。

You're My Life -美しい人へ-(1993年4月27日)
WINDOW(1993年7月)※少年隊ミュージカルPLAYZONE'93 劇場のみの販売
EXCUSE(1993年11月19日)
Oh!!(1995年12月1日)
湾岸スキーヤー(1998年1月28日)
愛と沈黙(1998年8月26日)
情熱の一夜(1999年6月23日)
ロマンチックタイム(2000年2月2日)
君がいた頃(2001年2月21日)
想 SOH(2006年7月9日)


アルバム

BACK STAGE PASS(カセットのみ)(1986年3月8日)
翔 SHONENTAI(1986年9月1日)
ミュージカル プレゾン"ミステリー"抜粋(カセットのみ)(1986年10月30日)
Duet(CD企画)(1986年11月28日)
WONDERLAND(ミニアルバム)(1986年12月21日)
PRIVATE LIFE ―Light&Shadow―(1987年4月28日)
TIME・19(1987年7月1日)
マジカル童謡ツアー(1987年9月25日)
ミュージカル「TIME・19」抜粋(1987年10月28日)
PARTY(ミニアルバム)(1987年12月14日)
BEST OF 少年隊(1988年3月10日)
カプリッチョ ―天使と悪魔の狂想曲―(1988年6月10日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE'89 Again(1989年9月21日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE'90 MASK(1990年6月30日)
Heart to Heaat 5years少年隊…そして1991(1990年12月23日)
愛は続けることに意味がある(1993年12月1日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE'94 MOON(1994年6月17日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE'96 RHYTHM(1996年7月10日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE'97 RHYTHM2(1997年7月21日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE'98 5nights(1998年8月05日)
prism(1999年1月27日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE'99 Good bye & Hello(1999年7月7日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE2000 THEME PARK(2000年8月2日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE2001 新世紀 EMOTION(2001年8月1日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE2002 愛史(2002年7月31日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE2003 Vacation(2003年8月6日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE2005 ~20th Anniversary~ Twenty Years…そしてまだ見ぬ未来へ(2005年8月10日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE2006 Change(2006年7月26日)
少年隊ミュージカルPLAYZONE2007 Change2Chance-第1幕-(2007年9月5日)


ビデオ

少年隊(1984年5月21日)
LAらLAらLAら(1986年7月7日)
PLAYZONE ミュージカル"MYSTERY"(1986年9月5日)
武道館LIVE(1987年2月25日)
PRIVATE LIFE(1987年4月28日)
PLAYZON'87 TIME-19 THE PREVIEW(1987年7月17日)
PLAYZON'87 TIME-19(1987年9月7日)
SILENT DANCER(1988年4月2日)
PLAYZONE'88 カプリッチョ ―天使と悪魔の狂想曲―(1988年8月21日)
じれったいね/続・じれったいね(1988年12月27日)
PLAYZONE'89 Again(1989年9月21日)
SHONENTAI DINNER SHOW(1990年3月25日)
SPRING TOUR 90(1990年8月8日)
PLAYZONE'90 MASK(1990年9月12日)
PLAYZONE'91 SHOCK(1991年9月26日)
SPRING TOUR 92(1992年7月10日)
PLAYZONE'92 さらばDiary(1992年10月07日)
少年隊 DINNER SHOW 愛と勇気(1993年4月27日)
PLAYZONE'93 WINDOW(1993年10月6日)
PLAYZONE'94 MOON(1994年10月7日)
PLAYZONE'95 KING&JOKER(1995年10月4日)
少年隊10th ANNIVERSARY LIVE 1995~1996(1996年5月6日)
PLAYZONE'96 RHYTHM(1996年10月2日)
PLAYZONE'97 RHYTHM?(1997年10月22日)
1998.1.16,17 TOKYO TAKARAZUKATHEATER(1998年4月29日)
PLAYZONE'98 5nights(1998年10月28日)
PLAYZONE1999 Goodbye&Hello(1999年10月20日)
PLAYZONE2000 "THEME PARK"(2000年10月25日)
PLAYZONE2001 "新世紀"EMOTION(2001年10月24日)
SHONENTAI SELECTSONGS(2001年12月21日、コンビニでの限定販売)
PLAYZONE2002 愛史(2002年10月23日)
PLAYZONE2003 Vacation(2003年10月22日)
PLAYZONE2005 ~20th Anniversary~ Twenty Years…そしてまだ見ぬ未来へ (2005年10月29日)
PLAYZONE2006 Change(2006年10月24日)


DVD

PLAYZONE2001 "新世紀"EMOTION(2001年10月24日)
SHONENTAI SELECTSONGS(2001年12月21日、コンビニでの限定販売)
PLAYZONE2002 愛史(2002年10月23日)
PLAYZONE2003 Vacation(2003年10月22日)
PLAYZONE2005 ~20th Anniversary~ Twenty Years…そしてまだ見ぬ未来へ (2005年、初回限定版 & 通常版の2種)
PLAYZONE2006 Change(2006年)


CD化されていない楽曲

あいつとララバイ
あなたに今Good-bye
危険な恋のムーンライト(錦織ソロ曲)
Remember (錦織ソロ曲)
横浜ABC (植草ソロ曲)
恋は素早く (東山ソロ曲)
トワイライト・フィーリング
感じだね……デラ (明治製菓「DELA」CMソング)
Nowhere Fast (FIRE INC.のカヴァー)
Instant Replay (ダン・ハートマンのカヴァー)
東京ブギウギ (笠置シヅ子のカヴァー)
三味線ブギ (市丸の『三味線ブギウギ』のカヴァー)
大漁唄い込み (錦織ソロ曲、宮城県の民謡)
夏の名前 (1988年の高校野球70回大会記念ドキュメンタリー映画『燃える白球』テーマソング)
SPECIAL RED (ミュージカル『PLAYZONE'91・SHOCK』オープニングテーマ)
他多数…


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
 

少年隊 1 (略歴)



少年隊

少年隊(しょうねんたい)とは、ジャニーズ事務所に所属する日本の3人組男性グループである。リーダーは錦織一清(東山は、少年隊夢という番組内のみでのリーダーだった)。3人の中で結婚しているメンバーは植草克秀のみである。

グループの愛称は「ショーネン」(発音的には“笑点”のイントネーション)。

メンバー

錦織一清(にしきおり かずきよ、1965年5月22日 - )愛称は、ファンからは「ニッキ」、メンバーからは「ニシキ」。

植草克秀(うえくさ かつひで、1966年7月24日 - )愛称は「カッちゃん」。

東山紀之(ひがしやま のりゆき、1966年9月30日 - )愛称は「ヒガシ」。

来歴

もともとは彼等を含み、当時まだ20~30人しか居なかったジャニーズJr.を総して「少年隊」と言っていたが、1981年10月6日からテレビ東京で始まった『ザ・ヤングベストテン』という番組のスタートに合わせ、錦織・植草・松原の3名で結成されたグループ「Bチーム」が、後に「ジャニーズ少年隊」(後述)になった。 翌1982年、松原から東山にメンバーチェンジをし、現在のメンバーとなる。

グループ結成当初は、田原俊彦、近藤真彦のバックダンサーとして、歌番組やコンサートへ出演していた。また、1982年6月にはレコードデビュー前であるにも関わらず、当時歌謡番組の雄として知られていたフジテレビ「夜のヒットスタジオ」にも単独のアーティストとして初出演、ジャニーズの先輩に当るフォーリーブスの往時の代表作『ブルドック』を披露し、事務所側の期待が高いことが示されるとともに、視聴者の注目も早くから受けるようになった(これ以降、夜ヒットには1985年9月の『サクセス・ストリート』まで、レコードデビューまでの間に既に10回前後単独のアーティストとしての出演実績がある)。

1982年11月、「ハワイ音楽祭」で金賞を受賞。

1984年4月2日、郵便貯金ホールにて単独ファースト・コンサートを行い、1日5回公演を行なった。また、この頃から親衛隊によるステージ用の応援コールも作られた。

「ニッキ・カッちゃん・ヒガシくん、ニッキ・カッちゃん・ヒガシくん、ジャニーズ少年隊!」(「ジャニーズ少年隊」時代)

「ニッキ・カッちゃん・ヒガシくん、ニッキ・カッちゃん・ヒガシくん、ソーレソレソレ少年隊!」(「少年隊」へ改名後)

同年5月、ビデオ『少年隊』を発売。その後、同ビデオ収録曲「あなたに今、Good-bye」で、歌番組へ多数出演する。

その後、テレビ・コンサート活動などを経て、1985年12月12日、『仮面舞踏会』でレコードデビュー。
1987年、「ブロマイド」年間売上成績が第1位になる。

デビューの翌年1986年より、毎年夏に上演し続けているオリジナルミュージカル『PLAYZONE(通称:プレゾン、PZ)』が、2005年の夏で20年、2007年(22年目)の夏で通算上演回数900回を迎えた。尚、19年目の2004年には、一度だけオリジナル以外の作品『ウェストサイドストーリー』を上演している。しかしこの作品は、PLAYZONEシリーズの恒例であるCD化・映像化がなされておらず、幻の作品となっている。この作品は、版権問題が非常に厳しく、上演する際に、非常に厳しい規定が設けられており、宝塚歌劇団も同作品を公演しているが、一切映像化は行なわれていない。 また、2007年公演の『PLAYZONE2007 Change2Chance』も、共演者だった赤坂晃が覚醒剤で現行犯逮捕された事により、DVD化が急遽中止となってしまった。

近年、グループとして3人揃った活動は『PLAYZONE』以外でみることは少なくなり、ソロでの活動が中心となっている。


ジャニーズ少年隊 (前身)

ジャニーズ少年隊とは少年隊の前身グループで、主に田原俊彦のバックダンサーを務めていた。

1981年10月6日からテレビ東京で始まった『ザ・ヤングベストテン』という番組のスタートに合わせ、錦織・植草・松原の3名で結成された。 当時はまだ「ジャニーズ少年隊」という名前が無く、「Bチーム」というグループ名で呼ばれていた。そしてそれに対する「Aチーム」の方は、後のシブがき隊だった。
1982年4月17日公開のひかる一平主演の映画『胸さわぎの放課後』に出演。この時だけ、鈴木則行も参加していた。

1982年の春から、松原がTBSドラマ『3年B組貫八先生』への出演が決まって忙しくなった為、それまで“髪の毛が短すぎる”事を理由にメンバー入りを見送られてきた東山紀之と交替となった。

メンバー

少年隊
錦織一清
植草克秀
東山紀之 (1982年4月1日から松原と交替で加入)
事務所退社
松原康行
(結成メンバー。愛称・やっちゃん。)
鈴木則行
(愛称・ノリくん。 映画『胸さわぎの放課後』出演時に参加したメンバー。後にジャPAニーズ・ジュニアのリーダーになり、日本テレビ開局30周年記念ミュージカル・ドラマ『夏の王様』(1982年10月6日放送)にも、ウィズの子どもたち役で出演した。事務所を退社後は演出家に転身し、ダンカンやグレート義太夫らが主宰する劇団「東京サギまがい」の第3回公演『ラブピース』(1998年12月)&第6回公演『ジャイアント馬場のフォークギター』(2001年3月)、ブッチャーブラザーズのぶっちゃあがプロデュースするサンミュージック企画の劇団「笑主義!?(わらいしゅぎ)」の公演『メラメラ★メランコリー』(2001年6月26日、なかの芸術小劇場)&『笑い茶筅』(2002年7月)&『アゲイン~死球を越えて~』(2002年10月、下落合TACCS1179)、シアターD+故林広志合同企画のミニ単独ライブ集『絹~練り笑い・人間交差点~』(2002年10月26日、渋谷シアターD)など、多岐に渡って活躍している。また、ピンク・レディーのコンサートツアーの演出も務め、その縁で未唯との熱愛が2004年に発覚している。)



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
 

近藤真彦 2 (ディスコグラフィ)



近藤真彦

ディスコグラフィ

シングル
(※印はオリコン1位獲得曲)

タイアップはこちらを参照

レコードレーベルは「永遠に秘密さ」までがRVC(現・BMG JAPAN)時代で、「ヨイショッ!」からがCBS・ソニー(現・ソニーレコーズ)である。年間順位は各年30位以内のみ表示

スニーカーぶる~す(1980年12月12日)※
作詞:松本隆・作曲:筒美京平
1981年度年間順位3位(オリコン)
ヨコハマ・チーク(1981年3月12日)
作詞:松本隆・作曲:筒美京平
1981年度年間順位20位(オリコン)
ブルージーンズメモリー(1981年6月12日)※
作詞:松本隆・作曲:筒美京平
1981年度年間順位11位(オリコン)
ギンギラギンにさりげなく(1981年9月30日)※
作詞:伊達歩・作曲:筒美京平
1981年度年間順位21位(オリコン)
情熱☆熱風せれなーで(1982年1月7日)※
作詞:伊達歩・作曲:筒美京平
1982年度年間順位9位(オリコン)
ふられてBANZAI(1982年3月31日)※
1982年度年間順位10位(オリコン)
ハイティーン・ブギ(1982年6月30日)※
作詞:松本隆・作曲:山下達郎
1982年度年間順位7位(オリコン)
ホレたぜ!乾杯(1982年9月30日)※
1982年度年間順位26位(オリコン)
ミッドナイト・ステーション(1983年1月20日)※
1983年度年間順位23位(オリコン)
真夏の一秒(1983年4月27日)※
1983年度年間順位29位(オリコン)
ためいきロ・カ・ビ・リー(1983年7月15日)※
ロイヤル・ストレート・フラッシュ(1983年11月1日)※
一番野郎(1984年3月1日)※
ケジメなさい(1984年6月6日)※
作詞:売野雅勇・作曲:馬飼野康二
1984年度年間順位26位(オリコン)
永遠に秘密さ(1984年9月13日)※
ヨイショッ!(1985年2月13日)※
夢絆(1985年6月5日)
大将(1985年10月21日)
純情物語(1986年2月26日)
青春(1986年7月4日)
Baby Rose(1986年9月10日)
織田哲郎の曲をカヴァー
愚か者(1987年1月1日)
作詞:伊達歩・作曲:井上尭之、日本レコード大賞受賞
さすらい(1987年6月11日)
泣いてみりゃいいじゃん(1987年9月18日)※
Made in Japan(1988年4月8日)
ああ、グっと(1988年9月14日)
作詞:康珍化・作曲:吉田拓郎
夕焼けの歌(1989年2月3日)
作詞:大津あきら・作曲:馬飼野康二
Just For You(1989年6月1日)
いいかげん(1989年7月5日)
アンダルシアに憧れて(1989年11月10日)
作詞・作曲:真島昌利
気ままにWALKIN’(1990年4月8日)
Ho Ho Ho・・・(1990年7月12日)
好き(1990年10月24日)
デスペラード-ならず者-(1991年7月19日)
無頼派(1991年12月12日)
少年のこころ(1992年5月21日)
北街角(1993年11月21日)
作詞:原真弓・作曲:馬飼野康二
最後のラブ・ソング(1995年7月21日)
ミッドナイトシャッフル(1996年2月21日)
作詞:沢ちひろ・作曲:Joe Rinoie
愛はひとつ(1997年2月21日)
作詞:山崎民士・作曲:Joe Rinoie
KING and QUEEN(1998年5月20日)
作詞・作曲:CANNA
挑戦者(2005年12月14日)
上海慕情/情熱ナミダ(2007年1月24日)

アルバム
Thank 愛 You(1981年3月5日)
17バ-スデー(1981年7月19日)
ブルージーンズメモリー(1981年9月5日)
ギンギラギンにさりげなく(1981年12月16日)
BANZAI(1982年7月18日)
RISING(1983年4月1日)
嵐を呼ぶ男(1983年8月4日)
WINNING(1984年1月1日)
Shining(1984年8月1日)
THE MATCHY best song for you(1985年4月4日)
SUMMER IN TEARS(1985年8月1日)
夢絆 12"(1985年12月1日)
名場面(1986年4月10日)
DREAM(1986年12月12日)
近藤真彦 THE BEST(1987年6月4日)
FOR YOU 抱擁(1987年11月25日)
1987 LIVE SINGLES(1988年12月9日)
SUMMER COLLECTION(1988年7月1日)
JAPAN(1988年11月2日)
夏のエアメール(1989年7月19日)
KICKS(1989年12月12日)
LIVE10th Anniversary' 90(1990年7月19日)
うそのない言葉 -THE TRUTH-(1990年11月10日)
By Your Request(1990年12月12日)
無頼派(1991年12月21日)
綺麗 KI・RE・I(1992年12月12日)
北街角(1993年12月12日)
THE ROCK BEST(1996年11月21日)
GET BACK(1997年7月1日)
MATCHY BEST(2006年2月8日)
MATCHY★BEST 2(2007年2月7日)

MATCHY with O.A.I
ヨイショ!'02 ~日本の皆さんホメていきまショー~(2002年5月22日)
「ヨイショッ!」 のセルフカヴァー。稲垣吾郎・浅野ゆう子・小林稔侍・矢田亜希子・市川染五郎・畑野浩子と共に "MATCHY with O.A.I" として歌唱

トリビュート・アルバム
MATCHY TRIBUTE 25th anniversary(2006年1月1日)
ケジメなさい -
情熱☆熱風せれなーで - Low-Cuts feat. Lori Fine (COLDFEET) and GAKU-MC (from EASTEND)
夕焼けの歌 - SOPHIA松岡充
ブルージーンズメモリー - 玉置成実
アンダルシアに憧れて - アンダルシアユニット ~東山紀之・赤坂晃・堂本光一・今井翼~
ミッドナイトシャッフル - 高橋瞳
スニーカーぶる~す - スクービードゥー
愚か者 - ヘビメタサンダーズ ~マーティ・フリードマン + ROLLY + 鮎貝健~
ハイティーン・ブギ - 吉村由美(PUFFY) *PUFFY, 2002
ギンギラギンにさりげなく - グループ魂

MATCHY with QUESTION?

この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
目覚めろ!野性(2008年1月23日)
Question?とのコラボバンドユニット。MATCHY with QUESTION?を参照。


主な出演作品

テレビドラマ
3年B組金八先生(1979年 - 1980年)
ただいま放課後(1980年)主演
ニッポン親不孝物語(1985年)
野望の国(1989年)
なんだらまんだら(1991年)
世にも奇妙な物語 急患(1991年)
夏の嵐!(1992年)
ニュー・三匹が斬る!-吉良右近役(1994年)
大江戸風雲伝(1994年)
痛快・三匹が斬る!-吉良右近役(1995年)
ドンウォリー!(1998年)主演
エンジン(2005年)スタッフ(スーパーバイザー)
金曜エンタテイメント 岡部警部シリーズ(2006年 - )主演

映画
東宝映画たのきんスーパーヒットシリーズ
第1弾「青春グラフィティ スニーカーぶる~す」(1981年)主演
第2弾「ブルージーンズメモリー BLUE JEANS MEMORY」(1981年)主演
第3弾「グッドラックLOVE」(1981年)準主演
第4弾「ハイティーン・ブギ」(1982年)主演
第5弾「ウイーン物語・ジェミニYとS」(1982年)準主演
第6弾「嵐を呼ぶ男」(1983年)主演
「Love Forever」(1983年、東宝)友情出演
「L・O・V・I・N・G」(「主題歌のタイトルはエル・オー・ヴィ・愛・N・G」)(1983年、東宝)友情出演
「愛・旅立ち」(1985年、東宝)主演
「この愛の物語」(1987年、松竹)
「首領になった男」(1991年、東映)
「極東黒社会」(1993年、東映)

ラジオ
マッチとデート(1980年 - 1984年)
近藤真彦 くるまっち(2002年 - 2006年3月)
近藤真彦 くるくるマッチ箱(2006年4月 - )

CM
ハウス食品「ロッカッキー」(1980年 - )
当時まだジャニーズJr.だった薬丸裕英・東山紀之・松原康行・浜中の4名がバックを務めた。
「チョコフレークバー」
ハウス食品「ククレカレー」(1981年 - )
1981年10月からは、ジャニーズ少年隊(錦織・植草・松原の3名)が共演した。
大塚製薬「シーマックス1000」
松下電器産業「オーディオテープ」
松下電器産業「レコーディングステレオ jump」
小西元「ピッカリコニカ・カラーハンディ」
日産自動車「マーチ」(初代K10型・1982年 - 1991年)
ポッカコーポレーション「ポッカコーヒー・ファーストドリップ」
サントリー「夕涼み生ビール」
Olympic
トヨタ自動車「カローラセダン/カローラフィールダー」
(9代目〔セダン〕E120系・2000年)(初代〔フィールダー〕E120G系・2000年)
首都高「山手トンネル(新宿線)~(池袋線)開通」(2007年12月)

紅白歌合戦
第32回 (1981年) 「ギンギラギンにさりげなく」
第33回 (1982年) 「ホレたぜ!乾杯」
第34回 (1983年) 「ためいきロ・カ・ビ・リー」
第35回 (1984年) 「ケジメなさい」
第36回 (1985年) 「ヨイショッ!」
第37回 (1986年) 「青春」
第38回 (1987年) 「愚か者」
第39回 (1988年) 「ああ、グっと」
第47回 (1996年) 「ミッドナイトシャッフル」

連載
Safari 「近藤真彦のつれづれ遊び!」 (日之出出版)

主なレース活動
ル・マン24時間レース
全日本GT選手権(現:SUPER GT)
フォーミュラ・ニッポン
ミッレミリア

小学生男児救出
2004年8月4日の午前和歌山県白浜町の白良浜沖で溺れていた当時小学2年生の男児を救助した。男児がゴムボートから転落しているところに近藤が水上バイクで近づいて「大丈夫だ、お兄ちゃんが助けてやる」と海に飛び込み救助した。近藤は名前も言わずその場を去ったが、少年の父親は後で救助してもらった人物が近藤だったことを知った。ちなみに、この事故の朝日新聞の見出しは「人命救助さりげなく」であった。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
 

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